文/池上信次

前回(https://serai.jp/hobby/1164116)の続きです。ヴィンス・ガラルディの「ジャズを広めた功績」は、クリスマス・アルバム『スヌーピーのメリークリスマス(原題:A Charlie Brown Christmas)』(以下『スヌーピー』)だけによるものではありません。ガラルディは『スヌーピー』の後に始まった「ピーナッツ(スヌーピーらが登場する漫画)」TVシリーズの劇中音楽も担当。もちろんそれもジャズで、ガラルディはピーナッツとジャズの、切り離せないイメージを作り上げたのです(登場キャラクターのシュローダーはベートーヴェンを弾きますが)。ガラルディは3枚のサウンドトラック・アルバムを発表し、『スヌーピー』から約10年後の1976年2月に47歳の若さで亡くなりましたが、その後もTVシリーズではジャズ・ミュージシャンが多く起用され、また、ピーナッツの歴史の節目にはジャズ・ミュージシャンによる「公式」記念アルバムが何枚も作られています。ピーナッツはガラルディをきっかけに、ずっとジャズを広く紹介しつづけているのです。

TVシリーズの音楽では、1988〜89年の『ディス・イズ・アメリカ、チャーリー・ブラウン』の音楽をデイヴ・ブルーベック、デヴィッド・ベノワ、デイヴ・グルーシン、ウィントン・マルサリスが担当。ウィントンは、94年にはアルバム『ジョー・クールズ・ブルース』(ソニー)で、そのときの音楽を父親エリスとともに再演しています(アルバムは全編ピーナッツ音楽で、ジャケットにはスヌーピーがいます)。そのCDのライナーノーツにはウィントンの言葉として、「僕が少年だった頃、テレビからジャズが聞こえてくるのはチャーリー・ブラウンの時間だけだった。僕はその音楽の感じが好きだった」「ヴィンス・ガラルディの音楽とチャーリー・ブラウンは切り離せないものだった」(大意)とあります。やはり、テレビからジャズが流れるというのは当時特別なことで、だからこそ耳目を集めたのでしょう。


デヴィッド・ベノワ『ヒアズ・トゥ・ユー、チャーリー・ブラウン&スヌーピー〜50グレイト・イヤーズ!』(GRP)
演奏:デヴィッド・ベノワ(ピアノ)、クリスチャン・マクブライド(ベース)、ピーター・アースキン(ドラムス)、クリス・ボッティ(トランペット)、マイケル・ブレッカー(テナー・サックス)、ほか
発表:2000年
デヴィッド・ベノワとヴィンス・ガラルディのヴァーチャル共演トラックも収録。「ピーナッツ」新聞連載開始50周年をジャズで祝う企画ですが、ピーナッツ作者のチャールズ・シュルツは2000年2月に死去し、この音楽を聴くことはできませんでした。

記念アルバムでは、1990年にはデヴィッド・ベノワ、デイヴ・ブルーベック、デイヴ・グルーシンらが参加した、ピーナッツ新聞連載開始40周年、TV放映25周年を記念したオムニバス『ハッピー・アニヴァーサリー、チャーリー・ブラウン&スヌーピー!』(GRP)がリリースされました。『スヌーピー』から40年目の2005年にはデヴィッド・ベノワによる『チャーリー・ブラウン・クリスマス〜40周年記念』(Peak)が、2000年には同じくデヴィッド・ベノワによる、新聞連載開始50周年記念『ヒアズ・トゥ・ユー、チャーリー・ブラウン&スヌーピー〜50グレイト・イヤーズ!』(GRP)もリリースされています。リーダーとなっているデヴィッド・ベノワは1992年から2006年のピーナッツTVスペシャルで音楽を担当した、ガラルディの後継者ともいえる存在ですが、それ以前から自身のアルバムでガラルディの楽曲を何曲も取り上げるほどのピーナッツの大ファンなのでした。ベノワは1953年生まれなので、『スヌーピー』の影響は小さくないと思いますが、もっとどっぷりとその影響を受けているピアニストがいました。その名はサイラス・チェスナット。

2000年にリリースされた、サイラス・チェスナット&フレンズ名義のクリスマス・アルバムのタイトルは『ア・チャーリー・ブラウン・クリスマス』(アトランティック)。ガラルディのアルバムと同名です。なんと驚くのはタイトルだけではなく、ガラルディがそのアルバムに収録していた11曲全曲を再演しているのです。ライナーノーツに本人はこう記しています。「僕が幼少の頃、初めてジャズに触れたのは『チャーリー・ブラウン・クリスマス・スペシャル』の音楽だったと思います」「ピーナッツのスペシャル番組が放送されるたびに、僕は一瞬たりとも見逃さないようテレビに駆け寄りました」(大意)。そして彼はピアノを弾き、ジャズ・ピアニストとなって成功し、ついにはガラルディとチャールズ・シュルツにトリビュートしているのですから、テレビで邂逅した「最初のジャズ」の影響はとても大きかったといえるでしょう。何気なくたまたま耳にした音楽が、その後の人生を変えてしまうこともあるのです。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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