文/池上信次

今年もシーズンになりましたので、今回は「ジャズとクリスマスの知られざる関係」について。クリスマス・ソングを題材にしたジャズ・アルバム/シングルは、昔からとてもたくさんリリースされており、現在ももちろん毎年シーズンになると新しい作品が発表され続けています。その中でもっとも売れたシングルが、ビング・クロスビーの「ホワイト・クリマス」。これはよく知られていますね。1942年に初めてリリースされ(当時はSPレコードの時代なので必然的にシングル盤)大ヒット。47年にはマスター音源の劣化のため再録音(これもSP時代)され、その後も長年に渡って「定番」クリスマス・ソングとして親しまれ、現在までにその売り上げは5000万枚超といわれています。古い時代なので正確な数は把握されていませんが、レコード史上ダントツのヒット・シングルであることは間違いないでしょう(ビング・クロスビーをジャズとするかは後述)。

ところで唐突ですが、「アメリカ議会図書館(Library of Congress)」をご存じでしょうか。これは1800年にワシントンD.C.に設立された、事実上のアメリカの国立図書館で、規模は世界最大といわれます。ここではさまざまな文化的事業を行なっていますが、そのなかのひとつに「全米録音資料登録簿(National Recording Registry)」の作成があります。これは、「アメリカの文化を伝え反映する、文化的、歴史的、または審美的に重要な、将来にわたって保存すべき録音資料」を登録するもの。選出は全米録音資料保存委員会(National Recording Preservation Board)があたり、登録は2002年からスタート。毎年25件(2005年までは50件)が登録され、2023年現在、全部で625件となっています。

長い前置きはまだ続くのですが、そのジャンル別リストで「ジャズ」を見ると、全部で52件(シングルまたはアルバム)が登録されています。登録要件のひとつに「発表されて10年以上経過したもの」とありますので、これらは人気や時流にとらわれない、真に文化的に重要と認められた作品ということになるでしょう。


ヴィンス・ガラルディ『スヌーピーのメリークリスマス』(ファンタジー)
演奏:ヴィンス・ガラルディ(ピアノ)、フレッド・マーシャル(ベース)、モンティ・バドウィグ(ベース)、ジェリー・グラネリ(ドラムス)、コリン・ベイリー(ドラムス)
発表:1965年
いまやクリスマス・スタンダードとなったガラルディ作曲の「クリスマス・タイム・イズ・ヒア」は、ここに収録されている演奏がオリジナル。クリスマス曲のほか、「ピーナッツ」のテーマ曲「ライナス&ルーシー」、「エリーゼのために」も収録されています。

さて、ここからが本題。このようなわけで、この登録簿には、いわゆる「名盤」がひしめきあっているのですが、この中に1枚だけクリスマス・アルバムがあるのです。冒頭で紹介したビング・クロスビーの「ホワイト・クリスマス」ではありません。これは制度開始の2002年に登録されていますが、カテゴリは「Pop(Pre-1955)」なのです。その1枚とは、ピアニスト、ヴィンス・ガラルディの『スヌーピーのメリークリスマス(原題:A Charlie Brown Christmas)』。2011年に登録されています。ちょっと意外です。ガラルディ(1928〜76)は何枚もリーダー・アルバムを出しているにも関わらず、なぜ「クリスマス・アルバム」だったのでしょうか。しかもなぜ「スヌーピー」?

このアルバムは、アメリカCBSテレビで1965年に放映された、アニメーションの特別番組『スヌーピーのメリークリスマス(原題:A Charlie Brown Christmas)』のサウンドトラック盤です。2011年「登録簿」のプレスリリースにある作品紹介の冒頭には、「『スヌーピーのメリークリスマス』は、何百万人ものリスナーにジャズを広めた(introduced)」とあります。これが登録の理由です。あっさり「広めた」と訳すより、「ジャズを初めて経験させた」「ジャズに導いた」とする方が適切でしょう。というのは、『スヌーピーのメリークリスマス』はわずか30分の番組でしたが大反響となり、翌66年から2000年まで毎年再放送され、その後もABC、Apple TV+、PBSと放送局は変わりながらも、22年まで毎年リメイク版などが放映され続けた、アメリカのクリスマスの風物詩なのです。そして、そこで必ず使われていたのがヴィンス・ガラルディの弾く「ジャズ」。これを観なければ(=ガラルディのピアノを聴かなければ)年が明けない、という感じなのでしょう。そこに「ジャズ経験」という文化的価値が生まれ、それが認められたのでした。

では「登録簿」視点ではなく、実際のアルバムの人気はどうだったのでしょうか。調べてみたら驚きました。2022年5月、アメリカ・レコード協会(RIAA)はこのアルバムをクインタプル(5倍)プラチナ・アルバム(売り上げ500万枚)に認定しました。「何百万人」はまったく誇張ではなかったのでした。これは、現在ジャズ史上第2位の数字です(ちなみに1位はマイルス・デイヴィス『カインド・オブ・ブルー』)。この売り上げの多くは、毎年のシーズンの積み重ねと考えると、「クリスマスはジャズ・ファンが増えるシーズンである」と言えるかも(言えないか)。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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