文/池上信次

12月はクリスマスの月。商店街の街中BGMには今年も相変わらずクリスマス・ソングが流れています。それを聴くと、クリスマス・ソングは多くの人がクリスマス・シーズンでしか聴かないにもかかわらず、誰もが知る「超」のつくスタンダード曲といえるものだとあらためて感じます。スタンダード曲は有名であればあるほどジャズ表現の格好の素材となるものですから、ジャズマンによるクリスマス・アルバムは昔からたくさん作られてきました。しかし、それらがいかに「いい曲」とはいえ、「季節もの」の印象があまりにも強いため(というかそこも魅力なんですけど)、いつでも聴かれるというわけではないことはいうまでもありません。ですからクリスマス・アルバムはスタンダード曲集とは性格は異なり、(商品でもあるので)一人のアーティストが何枚も作るものではありません。

「ジャズのクリスマス」でまず筆頭に上がるビング・クロスビー(ヴォーカル)は、ヒット映画『ホワイト・クリスマス』のサントラなども入れると5枚以上、そしてフランク・シナトラ(ヴォーカル)は3枚のクリスマス・アルバムをリリースしましたが、彼らは「ポップスのクリスマス」の代名詞でもあるので(市場規模からすれば逆ですね)、さすがの例外といっていいでしょう。もうひとりの「ジャズ・クリスマス」の代表といえるアーティストにナット・キング・コールがいますが(コールもポップスのほうの代表のひとりというか、ポップスの「クリスマス・ソング」の人気者はたまたまみんなジャズ・ヴォーカリストだった、ということですね)、完全なクリスマス・アルバムとして作られたものは、1960年の『ザ・マジック・オブ・クリスマス』(キャピトル)1枚だけです。たくさん作れるものではないだけに、とても力を入れたということでしょう。曲単位としては「ザ・クリスマス・ソング」を4回録音していますが、それもその姿勢の表われでしょう。

このようなわけで、クリスマス・アルバムはジャズ作品として優れたものがたくさんあります。毎年、シーズンになるとたくさんの作品(商品)が紹介されるのも、長年に渡っての「定番の名盤」の蓄積があるから(第33回(https://serai.jp/hobby/382340)で紹介しています)ですが、ここしばらくは新作リリースの少ない状況が続いていました。でも、本年2021年は「ジャズ・クリスマス・ファン」(私を含めて少数派でしょうね・笑)歓喜の「ジャズ・クリスマス・アルバム大豊作」の年となりました。それもジャズ・アルバムとしてもじっくりと聴ける、「今」のジャズ状況を反映した優れたものばかりです。

では、紹介していきましょう(国内盤が出ていないものはタイトルを英字表記にしています。順不同)。

1)ノラ・ジョーンズ『アイ・ドリーム・オブ・クリスマス』(Blue Note)
ノラ・ジョーンズ(ヴォーカル、ピアノ)がファースト・アルバムのレコーディングから20年の節目に、初のクリスマス・アルバムをリリース。「ウィンター・ワンダーランド」「ホワイト・クリスマス」などの定番曲と書き下ろしのオリジナル曲を収録。公式サイトによれば、現在の世界の状況を受け止め、今年のクリスマスこそは一体感に満ちたものであってほしいという願いが込められているとのことです。

2)『ホセ・ジェイムズのクリスマス・タイム』(Rainbow Blonde)
現在のジャズを代表するひとり、ホセ・ジェイムズ(ヴォーカル)初のクリスマス・アルバム。原題は『Merry Christmas From José James』。「ホワイト・クリスマス」「ザ・クリスマス・ソング」「レット・イット・スノウ」のほか、「マイ・フェイヴァリット・シングス」、ダニー・ハサウェイの「ジス・クリスマス」や書き下ろし新曲まで幅広い内容となっています。ホセは、家族と過ごした少年時代のクリスマスの温かな記憶を、いま敢えて表現したかったということです。

3)ジェイミー・カラム『The Pianoman At Christmas: The Complete Edition』(Island)
ジェイミー・カラム(ヴォーカル、ピアノ)は2020年に初のクリスマス・アルバム『ピアノマン・アット・クリスマス』をリリースしました。この「コンプリート・エディション」は、そこにCD1枚分のパート2を追加した増強盤。

4)ティル・ブレナー『クリスマス』(Masterworks)
ドイツ出身のトランペッター、ティル・ブレナーのクリスマス2作目。前作はスムース・ジャズでしたが、本作はピアノとベースとのトリオによるアコースティック・ジャズで。ジョージ・マイケル「ジーザス・トゥ・ア・チャイルド」も取り上げています。

5)カーク・ウェイラム『How Does Christmas Sound?』(mack avenue/Artistry Music)
テナー・サックス奏者、カーク・ウェイラム20年ぶり2枚目のクリスマス・アルバム。ヴォーカリストをフィーチャーした曲も多く収録したソウルフルなサウンド。なお、ウェイラムは牧師でもあります。

6)ナット・キング・コール『A Sentimental Christmas with Nat King Cole and Friends: Cole Classics Reimagined』(Capitol)
これは番外の1枚。ナット・キング・コールの新作があるはずはないのですが(1965年没)、これは2021年の「新作」(というか「別物」)。ナット・キング・コールの「歌声」を使ったヴァーチャル・デュエット集で、ジョニー・マティス、グロリア・エステファン、カルム・スコットらとのデュエットが収録されています。「ザ・クリスマス・ソング」は、ジョン・レジェンドとのデュエットで。この曲は「ナット・キング・コールのクリスマス」代表曲中の代表曲。かつてつくられた、ナットの娘のナタリー・コールとのヴァーチャル・デュエットでも歌われていましたが、この曲を初めて聴く方は、ぜひともまずはオリジナルの「1961年のナット・キング・コール単独歌唱」版から聴いてください(どのベスト盤にもきっと入っています)。それがコールがこだわり抜いた(3度目の再録音による)「完成形」であり、「別物」に対していえば「本物」なのですから。

ノラ・ジョーンズやホセ・ジェイムズのコメントにあるように、今年の「豊作」にはコロナ・ウイルス・パンデミックの影響が少なからずあります。かつてフランク・シナトラは『クリスマス・アルバム』の制作の際、「ハヴ・ユアセルフ・ア・メリー・リトル・クリスマス」を歌うにあたって、作詞家のヒュー・マーティンに「明るい歌詞」に書き直しを頼んだという逸話があります。この曲は映画音楽発祥の名曲ですが、もとの歌詞の「耐え忍ぶ」ニュアンスをシナトラは好まず、前向きなメッセージを発したかったのです。いつの時代も音楽はメッセージであり、社会と密接に繋がっているというのを感じますね。

フランク・シナトラ『クリスマス・アルバム』(Capitol)
1957年録音。原題は『A Jolly Christmas from Frank Sinatra』で、「Jolly」は楽しい、陽気な、愉快な、という意味で、シナトラのメッセージはそこにあったのでした。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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