文/池上信次
前回(https://serai.jp/hobby/1150415)に続きマイルス・デイヴィスの「名言」を紹介します。
お望みとあらば、世界最高のロック・バンドをつくってやろうか
マイルス・ファンならずともジャズ・ファンなら一度は見聞きしたことがあることでしょう。これは「名言」というより、マイルスという人物像を的確に表わした「名台詞」というべきものですが、1960年代末、ロックに席巻されていた当時の音楽シーンに対して、(それにより隅の方に追いやられた「ジャズ」の)マイルスが、自身のポテンシャルについて豪語した言葉とされています。そしてマイルスは、実際にロックのフィールドに進出し、成功を収めます。
この言葉は、アルバム『ジャック・ジョンソン』(コロンビア)の国内盤CD(ソニー)帯のキャッチコピー(96年発売盤ほか)として使われていたこともあってか、「世界最高のロック・バンド」はこの「ジャック・ジョンソン・セッション」バンドを指しているように思われていることが多いようです。しかし、マイルスのロックへの進出は『ビッチェズ・ブリュー』(コロンビア)が先です(このアルバムの「ヒット」については第68回(https://serai.jp/hobby/1004066)で紹介しています)。ただ、録音の時期も近く、『ジャック・ジョンソン』の方がストレートな「ロック」なので、この解釈もありなのでしょう。しかし、元をたどるとじつはこの「世界最高のロック・バンド」は、直接『ビッチェズ・ブリュー』や『ジャック・ジョンソン』を指したものではありませんでした。
この発言の出どころは、アメリカの音楽誌『Rolling Stone』1969年12月13日号(第48号)に掲載されたマイルスのインタヴューです。表紙はマイルス単独で、同号のメイン記事になっています。内容は、同誌の創刊編集者ラルフ・J・グリースンのリードとドン・デマイケル(当時:元『DownBeat Magazine』編集長)のインタヴューで構成された力の入ったもの。その記事のタイトルが、そのものズバリのこの言葉なのです。
I could put together the greatest rock and roll band you ever heard…
インタヴューはかなり長いもので、話題は多岐に渡りますが、「最高のロック・バンド」が出てくるのは「I Pick Who I Like」と見出しが付けられた段落。見出しを本文から意訳すると「バンドにはデキる奴を起用する」という感じです。本文中のマイルスの発言を拾ってこの章の大意を紹介すると、「金もクルマも服も女もすべてオレ自身が選んできた」という発言に始まり、チャーリー・パーカーやジョン・コルトレーンら歴代の共演者を紹介します。そして「バンドのメンバーはオレが選ぶ」「友情だけではバンドはやれない。必要なのはクオリティで、よい性格ではない」「適切なタイミングで適切なプレイができるメンバーがいれば、なんでも演奏できる」と言って、ロン・カーター、ハービー(ハンコック)、トニー(ウィリアムス)の名を挙げます。その直後に続くのがタイトルになっている言葉で、文章の流れで訳すと「(オレがメンバーを選べば)最高のロックンロール・バンドだって組むことだってできる」となります。そしてインタヴューは、「最新アルバム」である『キリマンジャロの娘』と『イン・ア・サイレント・ウェイ』(いずれもコロンビア)には「Directions in music by Miles Davis」のクレジットがあることを示し、バンドの方向性(もちろんこれも「オレが決める」こと)はメンバー選択と同等に重要であることを説いて、この章は終わります(ちなみに『ビッチェズ・ブリュー』にも同じクレジットがあります)。
つまり話の流れからすると、「オレはどんな音楽だってできる。そのために必要なのは(オレの優れた)メンバーの選択眼とディレクション」というマイルスの自信に満ちた音楽観・バンド観が本論であり、「最高のロック・バンド」はそのひとつの例として挙げられたものなのでした。まあ、結果的には『ビッチェズ・ブリュー』や『ジャック・ジョンソン』がそれに相当すると思えるものになりましたが、「オレの音楽をジャズと呼ぶな」と言ったマイルス(この言葉もあらためて検証します)ですから、「ロックンロール・バンド」という回答はかなり親切なものだったのかも。
(以上、引用英文の訳は筆者によるもの)
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。