ようやく、秋の訪れが感じられる時節になりました。秋といえば、やはり食欲の秋ではないでしょうか? そんな秋を迎えて、改めて思い返してみると、これまで数多くの飲食店を訪れ、数えきれないほどの料理を食して参りました。中でも、料理人の創意工夫を凝らした盛り付けに、思わず声を漏らした料理は、深く記憶に残っているものです。
一方で、美しい盛り付けに目を奪われたにもかかわらず、その味への期待を裏切られることも少なくはございません。料理の仕上げともいうべき盛り付け。その盛り付けとは、料理人にとって、いったい、どのような意味を持つのでしょうか? 料理にとって、盛り付けとは、どうあるべきなのか? 『菊乃井』主人の村田吉弘さんにお聞きしました。
また、家庭料理における盛り付けの心得についてもご教示いただきます。
【京の花 歳時記】では、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていきます。第33回は、高台寺東側にある『菊乃井 本店』の文月の花と京料理をご紹介します。
◆日本料理の盛り付けのしきたりと面白き逸話
「多くの日本人は、右利き。右手で箸を持つことから、料理の盛り付けは、向かって右側が低く、左にいくにつれ高く盛るというルールがあります。わかりやすいところで言えば、焼き魚は、必ず頭を左側にして皿に盛り付けます。食べる時には、頭を軽く指でおさえながら、箸で身をほぐして食べますよね。
では、茄子の頭はどちらだと思います? これって、難しいでしょ。実は、面白い逸話があるんです。
菊乃井、中村楼、両店の先代が『茄子の頭はどっちや?』ということについて、真剣に議論しあったそうです。『花が咲き実をつけ、大きくなるのだから、先に出ていく方が頭なのでは?』という説に対して、『幹についているヘタの方が頭とちゃうか?』という説が出されたそうです。
古い文献によると、「肩はほっそり、中はぽってり」とあったことから、ヘタの方が頭だとなりました。万願寺とうがらしなども、その説にしたがっています。
それまで料理人たちが右だの左だのと議論しながら、結局、統一されたのは昭和30年代だったと記憶しています。
盛り付けにも原理原則というものはあるんですけど、教科書のようなものはなく、すべて口伝なんです。ですから、昔から料理は「見て学べ、技は盗め」と言われてきたものですが、今ではそんな教え方はしておりません。早く人を育てて、世に出てもらわないといかんですからね(笑)」
◆巷にあふれる、奇妙な日本料理
「私もしばしば、他店で日本料理をいただくことがございます。その時、出てくる料理の中には違和感を覚えることも少なくありません。この違和感というのは、菊乃井で出している料理、私が普段教えている料理からすると、料理の基本が間違っていることに起因します。
具体的な例を言えば、銘々皿に不釣り合いな量のお造りが盛られていたり、大きな皿に鳩の餌かと思うような僅かな料理が盛られていたり、まるで炭籠のようなものに天ぷらが盛られて出てきたりする。
そんな盛り付け方を見ると、“随分おかしなことをするもんだなぁ”と、ついつい情けない気持ちになってしまいます。
今の世の中、料理の原理原則を知らない者が、知らないままに料理を作り、物の良し悪しのわからない人がわからないままに食べている……。そうした人たちが出会い、互いを褒め称え合うような奇妙な日本料理が増えています。
このまま行くと、数年後には、日本で食べているにもかかわらず、海外で出てくるような日本料理まがいが主流になるんじゃないかと心配です」
◆日本料理の盛り付けとは、緻密にして美しきもの
「お客さんが『綺麗やなぁ、美味しそうやねぇ』といって見ている盛り付け、実は、口腔内体積を計算して、どのように調理すれば食べやすくなるのかを考え、盛り付けているんですよ」と村田さん。
そんなことを知らなかった私は「えっ、そうなんですか?」と驚きました。
「例えば、目の下一尺の鯛(およそ1.8kgほど)は、まず三枚に下ろしたものを腹身と背身に切り分けます。皮をひいた後、筋目とは逆に削ぎ切りにします。その一つ一つの切り身は4.5cmほどになります。
さらにその身を1/3に折って、盛り付けると、重さ12g、幅2cm、厚さ1cmほどになるでしょうか…。そうすることで、口腔内の体積にあうので食べやすくなるんです。
そのようなことを事細かに書いているものは、ありません。現場でたくさん経験していくことで、感覚的に身についていくことなんです。
料理は目で食し、匂いで食し、そして口で味わう。それで美味しければ、割に簡単なんですが、そうならない処が難しいんですよ」と村田さんは語ります。
◆家庭料理における盛り付けへのアドバイス
「料理を作り器に入れる時、出来るだけ綺麗に、美味しそうに盛り付けたいと思うでしょうが、人によって美的感覚は違うので、万人が綺麗だと思う盛り付けは難しいですよね。家庭料理では、料理を作ったご自身の美的感覚で盛り付けたらよろしい。
セオリーがあるとするなら緑と赤と黒が入っていれば、大体の人が美味しそうに見えるんだよ。反対に、寒色は難しくなる。ブルーと紫、特に紫は物が腐る時の色やから、避けんといかんわね。また、派手な色合いの赤絵絵皿のようなものには、盛りつけにくくなります。
サラダでも、グリーンと赤いパプリカと黒いオリーブが入ると、美味しそうに見えるでしょ。さらに加えるなら、黄色い食材がええわねぇ。それは家庭料理の場合。料理屋は、一つの趣向としてわざと食べにくくして、お客様の意識を料理に向けることもします。
お客さんによっては、そんな趣向を“なんでこんな食べにくい器で出すねん”と言わはる方もいらっしゃいますけどね…(笑)」と村田さん。
◆長月の八寸と季節の花
『菊乃井本店』の長月の献立の中から、今回は八寸(会席料理において酒の肴になる料理を少量ずつ盛り合わせたもの)を取り上げます。
「長月なので、虫籠をモチーフとした器を福井県にある『みやび行燈製作所』に作ってもらいました。籠には萩の葉をつけて、秋の訪れを感じていただける仕立てにしています。季節に合わせた器を様々作ってきましたが、お客様に喜んでもらえることが一番嬉しいですね」と村田さんは微笑みます。
秋の実りを思わせる橙色の紐をほどき、そっと虫籠を持ち上げると、かます焼目寿司、鱧の子落雁、蓮根松風、ぐじ麹和え、いくら、鱧南蛮漬け、栗茶巾、海老共焼、翡翠銀杏、松葉素麺、いちょう芋が並びます。
取材をさせていただいたのは、『牡丹の間』。床の間には、水引草、桔梗、金水引、小海老草、ノイバラの実が生けられていました。
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これまでの私は、料理の盛り付けを、ただ見栄えの良し悪し、好き嫌いだけでしか見てこなかったようです。
今回、村田さんにお話を聞いて、日本料理の盛り付けの根底にはきめ細かく行き届いた原理原則があるとわかりました。料理人の方々は、そうした技術を日々の調理場での仕事を通して、習得し磨かれています。
先人から受け継がれた知識と、経験に裏打ちされた料理人の創意工夫や技が「美しい盛り付け」を作り出す……。そんな奥深さを知らなかった筆者こそが、「物の良し悪しのわからない人」そのものであったと悟りました。改めて、日本人として日本料理のことを学ばなければならないと痛感いたしました。
「菊乃井 本店」
住所:京都市東山区下河原通八坂鳥居前下る下河原町459
電話:075-561-0015
営業時間:12時~12時30分、17時~19時30分(ともに最終入店)
定休日:第1・3火曜(※定休日は月により変更となる場合あり)、年末年始
https://kikunoi.jp
撮影/坂本大貴
構成/末原美裕・貝阿彌俊彦(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook)
※本取材は2023年9月4日に行なったものです。