文/池上信次

今回は音楽の「編集」について。テープレコーダーの登場によって、ジャズは変わったと以前(第42回 https://serai.jp/hobby/387547)紹介しました。そこでは「長時間録音」についての紹介でしたが、テープレコーダーの大きな特徴がもうひとつあります。それは「切り貼り編集」ができること。ヒップホップのブレイクビーツ登場以降、現在では切り貼りによる音楽制作・編集は当たり前ですが、そのはるか前に「テープ編集」でジャズを変えたアーティストがいました。その名はマイルス・デイヴィス。


マイルス・デイヴィス『アット・フィルモア』(コロンビア)
演奏:マイルス・デイヴィス(トランペット)、スティーヴ・グロスマン(ソプラノ・サックス、テナー・サックス)、チック・コリア(キーボード)、キース・ジャレット(キーボード)、デイヴ・ホランド(ベース)、ジャック・ディジョネット(ドラムス)、アイアート・モレイラ(パーカッション)
録音:1970年6月17-20日
「ロックの殿堂」として知られる、ニューヨークのフィルモア・イーストでのライヴ・レコーディング。チック・コリアとキース・ジャレットのフリー・ソロの激突も聴きどころ。


1970年代、エレクトリック期マイルス・デイヴィスの代表作として知られる1枚に『アット・フィルモア』があります。1970年6月のライヴを集めた、(オリジナルは)LP2枚組のアルバムです。最初の1曲、「ウェンズデイ・マイルス」は、司会者の「マイルス・デイヴィス!」という紹介で始まり、冒頭は「ディレクションズ」のテーマ(というかリズム・パターン)ですので、この曲であることがわかります。しかし、リズムのパターンは次々に変わりながら演奏は止まらずに進んでいきます。途中には、いわゆるテーマ・メロディといえるものはほとんど出てきません。ただ、過去に発表された曲のリズム・パターンがところどころに出てきますので、テーマなしのメドレー演奏に聴こえます。そして最後は昔からやっているステージ・エンディングの「テーマ」で終了。演奏時間は24分14秒。LPの片面に収めるために、短くカット編集されているであろうことは想像できますが、これで1曲という扱いですから、それまでの「メロディーありき」という「曲」の定義を大きく変えてしまったといえるでしょう。なお、このアルバムには「ウェンズデイ・マイルス」のほかに「サーズデイ・マイルス」「フライデイ・マイルス」「サタデイ・マイルス」という曲がLP片面ずつに収録されており、演奏パターンは同様です。

と、「テーマなしメドレー演奏」という新しいライヴ展開が特徴であり聴きどころと思われてきたライヴ盤『アット・フィルモア』ですが、2016年にその考えは変えられてしまいました。なんと、この「編集前」音源が発表されたのです。CD4枚組でタイトルは『アット・ザ・フィルモア [ブートレグ・シリーズ Vol.3]』(コロンビア)(ブートレグとありますが、そういう名前の公式盤です)。

「ウェンズデイ・マイルス」のオリジナル音源は、演奏時間は約46分で演奏曲は4曲。楽曲にはそれぞれにきちんとタイトルが付いています。演奏は切れ目なく続いてはいますが、曲の頭にはちゃんとその曲の「テーマ」があるではありませんか。テーマなしメドレーは「編集」だったのです。オリジナル楽曲と編集後のタイムを比較してみます。

「ディレクションズ」10:23→2:29
「ザ・マスク」11:04→1:35
「イッツ・アバウト・ザット・タイム」10:44→8:12
「ビッチズ・ブリュー」13:41→0:53と10:55(2か所)

1ステージがなんと半分の長さに編集されていたのです。「イッツ・アバウト・ザット・タイム」と「ビッチズ・ブリュー」をメインにしていますが、驚くのはほかの曲の長さです。切るだけでなく、貼ってもあるのでした。オープニングの「ディレクションズ」を全体のテーマとして使うのはわかりますが、「ビッチズ・ブリュー」を1分弱だけ切り取って「つなぎ」に使うなんて、なんと大胆な。

この1970年代初頭にマスターテープを切り貼りするという行為は、とんでもないことだったに違いありません。演奏を改変してしまうのですから。しかし、LP片面に収めるために「削る」という側面があったにしても、結果的に「いいところ」が凝縮され、実際の演奏では聴くことができない音楽が新たに生まれたのでした。これ以降、マイルスの「ライヴ」と「ライヴ盤」は別物になり、レコードは「記録」ではなく「作品」として聴くべきものに変わったのです(なお、現在では『アット・フィルモア』の曲名表記も未編集盤に合わせて、「ウェンズデイ・マイルス」から各曲名表記に改められました)。

この編集を実際に行なったのは、プロデューサーのテオ・マセロです。1960年代末から70年代のマイルス・デイヴィスの音楽は、テオのテープ編集抜きには成り立ちません。マイルスの多くの楽曲が、テオの「切り貼り」で作られました。『ビッチズ・ブリュー』をはじめとするスタジオでの録音はもちろん、この『アット・フィルモア』などライヴ盤まで、テオは入念なテープ編集で作品を仕上げました。「未編集」が売りになるライヴ盤があるのはその裏返しですね。また、中には別々の曲のソロとバックを組み合わせたものまであったりします。

ではこれらは全部テオ・マセロが勝手にやっていたのかというと、そうではありません。アメリカのジャズ雑誌『Downbeat』1974年7月18日号のインタヴューで、テオはマイルスの音楽の編集について詳細に語っています。そこには、「編集はあくまでマイルスの意向に従って行なっており、それに逆らうことはできない(大意)」とあります。テオの作業がベースになっているのでしょうが、これは「マイルスが作った音楽」なのです。マイルスはジャズをどんどん進歩・変化させてきましたが、演奏だけではなく、制作技術でも先駆者だったのですね。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

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