文/鈴木拓也
辛い時期に藤田の作品とめぐり合う
1886年に東京の名門の家に生まれ、少年時代から画才を発揮。パリに留学し、画家として花開いた藤田嗣治。
世界的なこの画家の作品だけを収蔵・展示した個人美術館が、2022年10月にオープンした。名は、軽井沢安東美術館。創設者の安東泰志代表理事は、投資会社の経営者でもあるが、「命がけで立ち上げた会社を潰されそうになり、極度の人間不信に陥った」経験の持ち主。
その頃、精神的な苦しさを癒そうと軽井沢で過ごしている時に、藤田嗣治の作品に出合う。そして、「この絵が持つ不思議な吸引力のとりこ」になり、最初に購入した1枚を皮切りに収集を続けることになる。
やがて作品数は約200点に達し、様々な想いから美術館を創設する。
藤田は、数多くの猫の絵を描いており、美術館の収蔵作品も猫のモチーフが多い。そうした安東コレクション全ての猫の絵を掲載したのが、このたび刊行された『藤田嗣治 安東コレクションより 猫の本』(世界文化社)だ。本書に登場する愛らしい猫は、ユーモアにあふれたものもあれば、毛並みの一本一本まで描かれた繊細なものもある。その魅力の一端を紹介しよう。
渡米後に描いた猫の絵の傑作
パリから日本に帰ってきた藤田であったが、戦後間もなく、今度は二度と故国に戻らない覚悟で羽田から飛び立つ。行先はニューヨーク。当時は敗戦国日本からフランスへ直接入国ができず、アメリカ経由でフランスに戻ることにしたのである。
戦中、戦争画を描いたことを日本で批判された藤田であったが、ニューヨーク滞在時は、解放感も手伝ってか、意欲的に制作活動に取り組んだ。その1枚が、1949年に描かれた名作≪猫の教室≫。
巧みに擬人化された猫がユーモアあふれるが、こうした作品を書くようになったのは、戦後からであるという。当時の藤田は、「萬世不滅の傑作を残したい」「傑作の出来る見込みはついた」と記している。画家としての意気込みと、これからの希望を象徴的に感じさせる作品であろう。ちなみに、『猫の教室』が一般に公開されるのは、東京都庭園美術館の「レオナール・フジタ展」以来、30余年ぶりのこと。
藤田の作品と邂逅した最初の1枚
10か月に及ぶニューヨークでの在住の後、藤田はパリに渡る。1951年に出版された、歴史学者ルネ・エロン・ド・ヴィルフォスが書いた大型限定本『魅せられたる河』に、藤田は挿画を提供した。その1枚が≪ヴァンドーム広場≫だ。
これは、安東代表理事が軽井沢で買い求めた、記念すべき最初の1枚となる。パリは、安東代表理事が若い頃に仕事でよく訪れた場所。当時の記憶が甦って、思わず購入したという。最初は、中央にそびえるナポレオン記念柱に視線が向くが、その下をよく見ると猫がまどろんでいる。藤田らしい作品である。
猫と少女の絵も屈指のコレクション
軽井沢安東美術館には、「赤い展示室」という名の、コレクションの中核をなす作品群が展示された一室がある。ここでは、ポーズもさまざまな猫が描かれた≪猫十態≫や、猫を抱いた少女の肖像画が目を引く。後者は、藤田がフランスに戻っての1950年代以降に、精力的に描かれたモチーフだ。
「赤い展示室」は、安東代表理事の自邸に、藤田作品を飾っていた雰囲気を再現したもの。広くて天井は高いが、くつろげる場なのはそのためであろう。来館者は、ここで心ゆくまで藤田の諸作品を鑑賞することができる。
こうした作品の数々を収録した本書は、佐藤幸宏氏、林洋子氏、室井滋氏のコラムもあって充実の内容。また機会あればぜひとも、美術館を訪れてほしい。
軽井沢安東美術館
〒389-0104 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢東43番地10
電話;0267-42-1230
開館時間:10:00~17:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日:水曜日(祝日の場合は翌平日)、年末年始、1月中旬、2月下旬(詳細は公式サイトの「お知らせ欄」を確認)
公式サイト:https://www.musee-ando.com
交通:軽井沢駅(JR北陸新幹線、しなの鉄道)北口より徒歩約8分
Mail:info@musee-ando.com
なお、2023年9月12日まで、企画展「藤田嗣治 猫と少女の部屋」および、夏の特集展示として「戦争の時代の藤田嗣治 1936-1945年」が開催されている。
文中写真提供:軽井沢安東美術館
【今日の教養を高める1冊】
『藤田嗣治 安東コレクションより 猫の本』
文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。