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水引を用いて、日本文化や四季を表現する水引作家の田中杏奈さん。毎月、季節を彩る美しい水引作品をご紹介するとともに、日本文化や習わし、それらが古より引き継がれてきた背景にある日本人の心について想いを語っていただきます。記事の最後には、水引にまつわる豆知識も掲載しているので、これを機に水引の制作に親しんでいただけたら嬉しいです。

【日々を紡ぐ、季節の水引】
第5回 重陽の節句を祝う菊の花

文・写真 田中杏奈

少しづつ少しづつ、秋の気配が見え始める処暑から白露。とは言え、残暑と言うにはあまりにも暑すぎて、秋なんてまだまだ遠くの季節のようにも思います。でも、よくよく観察してみると、ジメジメしていた空気が少しづつ軽くなり、しのぎ良い日が増える毎に、とんぼが空を舞い始め、燕は南方へ帰る準備を始め、聞こえ始める美しい鳴く虫達の声に、季節が移り変わっていることに気付くはず。

早くに亡くなった私の祖母は、秋が好きな人でした。秋になると、祖母が育てていた鈴虫の飼育ケースが玄関に置かれ、夕方から夜にかけて聞こえてくる美しい鳴声を家族で聴き眺めました。ただ、上手く繁殖させ過ぎて、あまりの音量に夜眠れず愚痴をこぼす事もしばしば……。今となっては懐かしく愛おしい秋の記憶の一つです。

多くの虫がいっせいに鳴く声を時雨の音になぞらえて、「虫時雨」と言い、同様に、夏の蝉が鳴きしきる様子を「蝉時雨」、秋に時雨が通り過ぎたように露が一面に降りることを「露時雨」と言います。ちなみに、俳句では「虫」は秋の季語、虫と言えば「秋に鳴く虫」の事を指すそう。

重陽の節句

九月九日の重陽の節句は「菊の節句」とも言い、菊酒をいただき無病息災を願う行事。陰陽思想でいう陽の数字で最も満ちた数字「9」が重なる、とても縁起の良い日とされ、そこから「重陽」と呼ばれるようになったとか。古来から、菊には「不老(延命)長寿」の霊力があるとされ、その菊の花びらを一晩お酒に浸した菊酒を飲むことで、長寿を願ったとされています。

日本の歴史で、菊が最初に現れたのは平安時代。菊の時期になると宮中で菊を鑑賞する行事「菊花の宴」が催され、江戸時代には庶民にも広まり一般的なものになりました。現代でも菊にまつわる催しが各地で継がれ、残っています。

重陽の古い習わしの一つに「菊の着せ綿(きせわた)」というものがあります。これは、前日8日に綿で菊の花を覆い、翌朝香りと露で満ちた綿で身をぬぐうことで、無病延命を叶えられるとした、日本独自の風習です。鑑賞したり、詩歌を読んだり、盃に浮かべたり、香りを愉しむのに閉じ込めてしまおうだなんて、なんて雅で情緒に富む時代でしょうか。現代の新暦9月9日では開花には1か月程早く、新暦が採用された明治時代以降は次第に行われなくなったようですが、和菓子の世界では、重陽の時期になると、今も着せ綿の菓子が作られています。赤菊には白い綿を、白菊には黄色い綿を被せるそうです。お写真は、昨年お茶席でいただいた着せ綿のお菓子。(和菓子/和菓子あさ貴)

観菊会

菊の栽培が盛んだった、故郷の小学校でも観菊会の催しがありました。初夏、地元の菊農家さん指導の下、分けてもらった挿し芽を皆で鉢に植え付け、秋の会に向けて、自分達で世話し育てます。育てていたのは、「厚物」や「厚走り」と呼ばれる大菊の種でした。色とりどり、一本に一輪咲く豊かで力強い大輪を、農家さんはもちろん、地域の方々皆で鑑賞したことを覚えています。今思えば、芽かきや夏休み中のお世話等、地域の方の協力があってこその開花で、郷土愛に溢れた、学びの深い素晴らしい行事だったと感じます。

菊の結び

今回の水引細工は、7月の細工、花火(7月の記事はこちら)にも使用した「菊芯」とワイヤーワークで菊を作り、添えた小花には「縦連続あわじ結び」をアレンジしました。「菊芯」を重ねたり、応用して螺旋状に巻いたりすることで、平面的な細工と立体的な細工を作り、全体の奥行きとバリエーションに生かしています。小花には、花びら部分と芯部分に二種類の縦連続あわじ結びを使って、仕上げています。

使用している細工や結びは二種類しかないですが、その二種類を平面的に使うか、立体的に使うか、どうアレンジするか、どう見せるかによって、仕上がりの表情はまったく違うものになり、それが水引細工の魅力であり、水引だからこそ出来る細工であると思います。

白を中心にシックなニュアンスカラーを選び、季節の変わり目を感じるような、マットで秋口らしい深みや燻みのある色合わせにもこだわっています。

処暑と白露の水引選び

今や水引には数百種類の色があり、毎シーズン、各社から新色がリリースされています。どの色も、基本は各WEB SHOPで購入できますが、水引を始める方がまず悩むのは、膨大にある色の中から、どの色を選び購入するのか。今回はその中から、それぞれの季節に合う色合わせを選んでみました。

処暑(8/23~)の色選び

少しづつ暑さがおさまり、鳴く虫の声が朝夕聞こえはじめる季節。空気が変わり大気が乾燥し始めることで、より美しく映る夕暮れ時のマジックアワーや茜雲をイメージしたアソート。

·プラチナ水引 モルト
·花水引 藍墨
·花水引 ざくろ
·京水引 薄藤

白露(9/7~)の色選び

本格的な秋へと暦が流れてゆく時。朝露が白く輝く様子や、可愛らしい秋の七草の小花が咲き揺れる様子をイメージしたアソート。

·プラチナ水引 シルバー
·花水引 天鵞絨
·花水引 伽羅色
·花水引 梅紫

巡る四季の色や、古くからの営みに想いを馳せながら、豊かな結びのひと時を愉しまれてくださいね。

■菊芯の作り方、縦連続あわじ結びの花の作り方 掲載がある書籍
『衣食住を彩る水引レシピ』 田中杏奈著
https://mizuhikihare.theshop.jp/items/54780057

■水引の購入先
そうきち https://www.mizuhiki1.com/ 「プラチナ水引」
さんおいけ http://www.sun-oike.co.jp/ 「花水引」「京水引」

田中 杏奈(たなか・あんな)
水引作家、mizuhiki hare designer、水引教室「晴れ」主宰。幼少期から日本の伝統文化に興味を抱く。広告代理店営業職に従事する中、産休中の2016年に文房具店で水引に出会い、作品制作をスタート。独学で学びながら作品を発表。広告代理店退職後はフリーランスとして、書籍の出版、ワークショップイベントの開催、水引教室の主宰など幅広く活動。
HP:https://www.mizuhikihare.com/
Instagram:https://www.instagram.com/__harenohi/

田中杏奈さんのインタビュー記事はこちら https://serai.jp/kajin/1116135

 

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