文/鈴木拓也

世界的な画家・版画家として知られる棟方志功。

明治36年、青森の刃物鍛冶の家に生まれた棟方は、小学校卒業とともに家業に加わるが、17歳で裁判所の給仕(雑用係)となる。ここで精勤しながらも、絵に対する情熱と才能が芽生え始め、地元の絵仲間と交流を持つようになった。

ある日、ゴッホの絵を知って衝撃を受けたことで上京を決意。「帝展に入るまでは、どんなことがあっても」故郷には戻らないという覚悟で、東京で研鑽を積んだ。帝展の入選に始まるその後の活躍はご存知のとおりだが、棟方の心はいつも生まれ育った青森にあった。

その棟方のゆかりの地にあるのが、棟方志功記念館。昭和50年9月、棟方が逝去して2か月後に開館。以来、50年近くにわたり棟方の作品を紹介してきた。平成24年に棟方板画館(鎌倉市)を吸収合併したことで、収蔵作品数は国内最多を誇る(棟方は「版画」でなく「板画」と言った)。代表作としてよく挙がる、『二菩薩釈迦十大弟子』や『門世(もんせい)の柵』も当館の収蔵作品だ。

『二菩薩釈迦十大弟子』(昭和14年/昭和23年改刻/昭和42年摺)
『門世の柵(安於母利妃の柵)』

当館は、池泉回遊式庭園を備えた、校倉造りを模した建物だが、内部の展示室は決して広くはない。これは、「数多くの作品を展示して、観覧する人々が疲れたり、作品の印象が薄くなったりするよりは、少なめの作品数でも一点一点をじっくり見てほしい」という棟方本人の希望によるもの。それでもその「一点一点」が優れた作品揃いで、長く見ていて飽きるということがない。小規模ながらミュージアムショップも併設されている。

展示室内の一隅。
作品集やグッズが販売されているミュージアムショップ。

ここでは、季節ごとに展示作品の入れ替えを行っているが、取材に訪れた7月末は、「生誕120年記念特別展 友情と信頼の障屏画」と銘打たれた展示の最中。なかでも、8月1日からの後期展示で新たに加わる「御群鯉図(おんぐんりず)」が目を惹いた。ふだんは非公開で、今回特別に出品を許されたという。

夏の後期展示で加わった「御群鯉図」(昭和15年)

六曲一双の屏風には、32匹の緋鯉(ひごい)が泳いでおり、鮮やかな緋色が優美でなごませる。鯉は、棟方が得意とし繰り返し描いたモチーフとして知られるが、その中でも極めて見事な作品であろう。これは昭和15年、実業家の大原總一郎が、数えで32歳の誕生日を迎える際のお祝いとして描いたものとして伝えられる。大原は、芸術文化への造詣が深く、また棟方との親交が篤く、自身が理事長を務める大原美術館に棟方志功板画館をもうけるほどであった。

棟方は、大原をはじめ多くの支援者と友人に恵まれた。多彩な作風は、そうした人たちとの交流を通して得た幅広い教養・知見によるところが大きい。棟方は多くの障屏画を手がけ、自ら依頼主の元へ赴いて描いた。依頼主との間に、強い結びつきがあったことをうかがわせる。

当館の夏の展示は、そうした障屏画の数々を鑑賞できる、またとない機会。当地へ足を運ばれることがあれば、立ち寄られたい。

棟方志功記念館

住所:〒030-0813 青森市松原二丁目1番2号
交通:青森駅から車で約15分
電話:017-777-4567
開館時間:9:00~17:00(11月~3月は9:30~17:00)
休館日:月曜日(祝日は開館)、年末年始 ※「棟方志功生誕120年記念特別展 友情と信頼の障屏画」は9月4日、11日(秋の展示以降は要確認)
一般観覧料:550円(20名以上の団体は450円、棟方志功命日の9月13日は無料)
公式サイト:https://munakatashiko-museum.jp/
Mail:info@munakatashiko-museum.jp
生誕120年記念特別展「友情と信頼の障屏画」は9月18日までの開催。その後、9月20日~12月17日まで秋の展示「安於母利妃(あおもりひ)」、12月19日~2024年3月31日まで冬の展示「板極道」の開催が予定されている。

文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。

 

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