文・絵/牧野良幸

音楽家の坂本龍一さんが3月に亡くなった。坂本龍一さんと同じイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の高橋幸宏さんも今年の1月に亡くなっている。音楽の好きな僕としては心の中に穴が空いたようである。

いっときYouTubeで昔のYMOの動画を見ていた。YMOが日本に先駆けて行ったワールドツアーや武道館でのライヴだ。これが面白い。当時はテクノブームに飲み込まれていたせいか実感が薄かったが、今客観的に見るとYMOの革新性にあらためて驚く。またその音楽が少しも古びていないことに驚く。坂本龍一さんも昨年末YouTubeにピアノソロコンサートの映像を配信したばかりで最後まで音楽活動を止めることはなかった。それだけに訃報は悲しい。

坂本龍一さんといえばどうしても音楽の話になるが、映画でも坂本龍一さんの出演作がある。『戦場のメリークリスマス』である。今回は坂本龍一さんをしのんでこの映画を取り上げてみたい。

『戦場のメリークリスマス』は1983年に公開された映画だ。ちょうどYMOが「散会」した年にあたる。今思うと1980年代初めはとても活気があった。音楽ではYMOに代表されるように新しいムーブメントが起きた。映画は全盛期に比べれば斜陽になっていたが、大作は話題になったし、レーザーディスクやビデオテープといった新しい鑑賞方法が生まれようとしていた。

そんな頃に公開された『戦場のメリークリスマス』もとても話題になった作品だ。坂本龍一が出演しただけでも話題なのに、テレビの漫才ブームで人気のビートたけし、そしてなんとイギリスのロック・アーティスト、デヴィッド・ボウイも出演したのだから。

監督の大島渚も話題の人だった。僕らの世代だと1976年の『愛のコリーダ』で初めて知った方が多いのではないか。性的なシーンがあるせいで日本ではカット版による公開となったことが逆にセンセーショナルな話題となった。

『戦場のメリークリスマス』はその大島渚監督の作品だ。舞台は太平洋戦争時、ジャワの日本軍俘虜収容所。ハラ軍曹(ビートたけし)が俘虜(捕虜)のロレンス(トム・コンティ)を起こすシーンから始まる。そしてすぐにオープニングタイトルとなる。流れるのは坂本龍一が作曲した有名なメインテーマだ。この曲は坂本龍一の代表曲として今日まで機会あるごとに耳にしてきたが、やはり映像を見ながら聴くと胸に迫るものがある。

坂本龍一が演じるのは俘虜収容所の所長ヨノイ大尉である。いかにも知的な文武両道の軍人でYMOを連想させるメイクが中性的な雰囲気を漂わせる。坂本龍一は普通の役者と同じくらい出番が多くセリフも多い。それも外国人俘虜が相手の時は英語のセリフが長々とある。今見るとすごいことだと思う。

この映画はビートたけしの演じるハラ軍曹と俘虜ロレンスの友情を描いた映画だが、同時に坂本龍一が演じるヨノイ大尉とデヴィッド・ボウイが演じるセリアズの関係も大切な部分だ。二人が初めて顔を合わせるのは、セリアズが日本軍の軍事裁判にかけられるシーンである。

セリアズを一目見てひかれたヨノイ大尉は、自らも尋問する

「トゥ・ビー・オア・ノット・トゥ・ビー、ザッツ・イズ・クエスチョン……」

いきなりシェークスピアのセリフを引用して問いかけるヨノイ。それまで裁判官の尋問に全く動じなかったセリアズが「なんだこの男は?」とちょっとうろたえる。デヴィッド・ボウイのその表情がいい。

次にセリアズは上着を脱いで背中の傷跡を見せる。今度はヨノイ大尉がセリアズの裸体を見てうろたえる。

「服をもどせ、ノーモア・クエスチョンズ!」

これでヨノイ大尉とセリアズに本人たちにも気づかない感情が生まれたのだと見る者に伝わる。もし二人を一般の俳優が演じたら、このような心に引っ掛かるシーンになっただろうか。坂本龍一とデヴィッド・ボウイ、世界的なアーティストのオーラがあるからこそと思う。

この映画で一番ショッキングなシーンもこの二人の場面だ。物語の最後でセリアズがヨノイ大尉の頬にキスをするシーンである。

イギリス人俘虜たちが自分の命令に従わないことに腹を立てたヨノイ大尉は、俘虜全員を猛暑の屋外に整列させる。病人の俘虜も例外ではなかった。ここでヨノイにひとり立ち向かって行くのがセリアズで、セリアズはヨノイの頬にキスをする。

デヴィッド・ボウイのようなかっこいい男にキスされたら誰でも舞い上がるだろう。ヨノイは逆上し卒倒してしまう。当時は映画館でもドキッとしたシーンだが、今見てもドキッとする。

この映画には大変有名なエンディングがある。敗戦を迎え死刑判決を受けたハラ軍曹が執行前日に、かつて俘虜だったローレンスの面会を受ける。そこで「メリークリスマス、ミスター・ローレンス」と言うビートたけしの大写しがキメのエンディングだ。

うまい終わり方だなあと思う。でも僕としては間髪入れずに続くエンディングクレジット。そこに流れる坂本龍一のメインテーマ。その編集も含めてうまいなあと思うのである。この音楽が「メリークリスマス、ミスター・ローレンス」と言うセリフをキラキラと輝かせる。

よく考えると坂本龍一のように音楽家が主演をした映画というのは珍しいのではないか。それも自分の専門である音楽関係の役ではなく、全く違う軍人という役なのだからなおさらだ。『戦場のメリークリスマス』は坂本龍一の残した音楽と同様にこれからも人々の心に残るに違いない。

【今日の面白すぎる日本映画】
『戦場のメリークリスマス』
1983年
上映時間:123分
監督:大島渚
脚本:大島渚、ポール・マイヤーズバーグ
原作:ローレンス・ヴァン・デル・ポスト
出演:坂本龍一、ビートたけし、デヴィッド・ボウイ、トム・コンティ、ほか
音楽:坂本龍一

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp

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