文/池上信次

ウェイン・ショーターの「奇妙なタイトル」の続きです(前回:https://serai.jp/hobby/1120723)。ショーターは自身のリーダー作だけでなく、参加グループ「ウェザー・リポート」(1970年結成、85年解散。ショーターは全期間在籍)でもその個性的な命名センスを発揮していました。そもそも、ウェザー・リポートというグループ名もショーターの発案なのでした。

多くのジャズ・グループの名称は「リーダー名+編成名」で、リーダーが2人でも併記されるほど、「人」がメインの音楽です。しかし、このグループはショーター(サックス)、ジョー・ザヴィヌル(キーボード)、ミロスラフ・ヴィトウス(ベース)の3人が対等の立場で結成しただけに、グループ名が必要ということになったわけです。3人対等ということこそがグループ結成のコンセプト(集団による即興)でしたので、その点からも「グループ」を強く印象づけたいというのもあったのでしょう。

3人の中で実質的リーダーだったのがザヴィヌル。彼の評伝『ザヴィヌル ウェザー・リポートを創った男』(※1)によれば、そのいきさつはザヴィヌルの語りとしてこのようにあります。

「ウェイン・ショーター=ジョー・ザヴィヌル・クインテットじゃバカげてるだろう。ミロスラフとウェインと一緒にニューヨークの私のアパートで、何か興味をそそるような名前を考えることにした。常に人々が心に留めているような名前だ。“デイリー・ニュース”というアイデアも出たんだが、あまりいい響きとは言えない。何千と考えたよ。“オーディエンス”“トライアンヴィレート”といった名前もあった。そのとき突然、ウェインの口から“ウェザー・リポート”という言葉が出た。全員、“それだ!”と叫んだよ。」

オーディエンスは「聴衆」、トライアンヴィレートは「三頭政治」ですから、グループ名としては「?」ですが、「天気予報」というのもかなり変わっていますよね。このいきさつを知るまでは、「ジャズのこれからを予報する」ということだろうと想像してかっこいいと思っていましたが、違うんですね。

また、その後に出版されたショーターの評伝『フットプリンツ 評伝ウェイン・ショーター』(※2)にも、おそらくこれを参照しているのでしょう、同様の記述があります。ただしこちらには“デイリー・ニュース”の例はなく、「一晩中考えた」「トライアンヴィレートはジョーの意見」とあり、さらにショーターの言葉として「みんなが毎日見ているようなものにしようよ。『ザ・シックス・オクロック・ニュース』みたいに、すっと自然に耳になじむような名前、『ウェザー・リポート』とか」とあります。ショーターのセンスが際立っていますね。

そして、最初のアルバム名はグループ名を冠し『ウェザー・リポート』(コロンビア)となりました。それからも個性的なタイトルが続きます。72年リリースの2作目は『アイ・シング・ザ・ボディ・エレクトリック』(コロンビア)。「肉体の電気を歌う?なんてわけがわかんないけど、そこがウェザー・リポートっぽい」とも思っていましたが、これは文学作品からの引用です。『I Sing The Body Electric』はアメリカの詩人、ウォルト・ホイットマンが1855年に発表した長編詩のタイトル(で冒頭の一節)です。さらにその100年以上あと、1969年には、SF作家のレイ・ブラッドベリが同じタイトルの短編を発表しています。その日本語訳のタイトルは『歌おう、感電するほどの喜びを!』(宮脇孝雄訳、ハヤカワ文庫)で、それを含む短編集のタイトルにもなっています。ちなみに、短編集のエピグラフはそのホイットマンの詩の冒頭で、「ぼくは充電された体を歌う」と訳されています(訳者不記載、同)。自由と正義を求めたホイットマン、ブラッドベリはその一節を引用しつつ未来を描いています。この発案者はきっとショーターだと推測します。というのは、ショーターのSF好きは知られていますがそれだけでなく、ブラッドベリのこの作品に登場する(未来の)高性能ロボットが最初に発する言葉(単語)がなんと「ネフェルティティ」(マイルス・デイヴィス・クインテットで演奏したショーターの代表曲のひとつ)なのですから。ジャズ界隈ではこの「ウェザー・リポートの謎のタイトル」のほうがオリジナルより有名かもしれませんが、それらを知れば、当時のウェザー・リポートの方向性を(きっとすごく考えて)打ち出したものということがわかります。

翌73年リリースのアルバム・タイトルは『スウィートナイター(Sweetnighter)』(コロンビア)。これは辞書にはない言葉ですが、ロマンティックでミステリアスなイメージを想起させます。ホイットマン、ブラッドベリとくれば、これも文学系か? その答えはググっても出てきませんが、『ザヴィヌル ウェザー・リポートを創った男』にありました。なんとなんとこれは……当時あった小児用かぜ薬の商品名なのでした。おそらくそれは「一晩中効く甘い薬」の意味なのでしょうが、ウェザー・リポートの音楽にもいろんな効用があるということなのでしょう。この3作だけでもタイトルの由来はかなり楽しめますね。

その次のウェザー・リポートのアルバムは『ミステリアス・トラヴェラー』(コロンビア)という、わかりやすいタイトルになりましたが、音楽もファンク調になってわかりやすくなっていました。アルバム・タイトルは「作品集」の最終仕上げとなるものなのです。

※1 ブライアン・グラサー著、小野木博子訳、音楽之友社、2003年。原題『In A Silent Way: A Portrait of Joe Zawinul』(2001年)
※2 ミシェル・マーサー著、新井崇嗣訳、潮出版社、2003年。原題『footprints The Life and Work of Wayne Shorter』(2004年)

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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