文/池上信次

ウェイン・ショーターにかかわる話題を続けます。ショーターの音楽は「ミステリアス」なイメージで語られることが多いのですが、それに一役買っているのが楽曲のタイトル。ショーターは作曲家でもあり、多くの楽曲作品を残していますが、謎めいたタイトルが多いのです。

ジャズの楽曲タイトルにはユニークなものが多いのですが(第132回:https://serai.jp/hobby/1048582 ではチャーリー・パーカーの例を紹介しました)、ショーターはかつて筆者のインタヴューで「インストの楽曲では、タイトルは具体的なイメージを喚起させる唯一の要素なので熟考して付ける」旨の発言をしていました。つまりミステリアスなイメージも、ショーター自らの演出のひとつといえるでしょう。

たとえば、初期の名作『ジュジュ』(1964年録音)をみると、レコードA面は「ジュジュ(JuJu)」「デリュージ(Deluge)」「ハウス・オブ・ジェイド(House of Jade)」と続きます。日本語にすると「魔力・呪物」「大洪水(ノアの洪水)」「翡翠の家」ですから、なにやら怪しげです。


ウェイン・ショーター『スピーク・ノー・イーヴル』(ブルーノート)
演奏:ウェイン・ショーター(ts)、フレディ・ハバード(tp)、ハービー・ハンコック(p)、ロン・カーター(b)、エルヴィン・ジョーンズ(ds)
録音:1964年12月24日
ジャケットに映る女性はショーターの当時の妻。夫婦写真なのに怖い映画のワン・シーンに見えてしまう。このアルバムに明るい曲が入っているとは思えませんよね(実際明るい曲はありませんが、名曲ぞろいです)。

次作『スピーク・ノー・イーヴル』(1964年録音)のA面は、「ウィッチ・ハント(Witch Hunt)」「フィー・フィ・フォ・ファム(Fee-Fi-Fo-Fum)」「ダンス・カダヴェラス(Dance Cadaverous)」。同様にアルバム・タイトルは『悪いことは口に出すな』、楽曲は「魔女狩り」「(ジャックと豆の木の)人食い巨人の鼻歌」「死体のダンス」となります。

かなり攻めてます。音楽そのものもミステリアスな雰囲気を漂わせていますが、タイトルが違えばその度合いもかなり変わっていたはず。ほかにも「アルマゲドン(Armageddon=世界の終末)」や「スキゾフレニア(Schizophrenia=統合失調症)」などふつうは曲名にしないようなものが多数ありますので、もし直訳の邦題が付けられていたら、ショーターはかなりヤバい人に見られていたことでしょう(ジャズで邦題が通称になっているのは、ハービー・ハンコックの「メイデン・ヴォヤージュ」=「処女航海」くらいしかありませんが)。

『フットプリンツ 評伝ウェイン・ショーター』(ミシェル・マーサー著、新井崇嗣訳、潮出版社)では、いくつかの楽曲タイトルについての説明が紹介されています。これらはリスナーの想像力を妨げるネタバレになってしまうものかもしれませんが、具体的な意味をもつものは想像してもわからないものなので引用紹介します。新しい発見があるかも。

『アトランティス』(1985年録音)で初演され、のちに何度も再演もされている「ザ・スリー・マリアズ(The Three Marias)」は、「リスボンで逮捕された、マリアという同じ名前の3人の女性にインスパイアされて書いた」曲とあります。調べてみると、これは1970年代のポルトガル独裁体制で弾圧を受けた3人のマリア(ジャーナリストと作家と詩人。たまたま同名)と、それについて書かれた本のことなんですね。これは自由を求める運動のことであり、聖書のマリアではありません。これは説明があった方がいい事例ですよね(ちなみにGoogleで検索すると、ショーターの記事ばかり。本家より有名です)。

『ファントム・ナヴィゲーター』(1986年録音)収録の「マホガニー・バード(Mahogany Bird)」は、その翌年にリリースされた『ジョイ・ライダー』(1988年録音)の裏ジャケに使われている、ショーターが書いた鳥の絵から取られたもの。その絵にはタイトルは書かれていませんので、説明がないとわかりません。

その『ジョイ・ライダー』に収録されている「デアデヴィル(Daredevil)」は、アメリカのマーベル・コミックのキャラクターの名前。事故で失明しながらも超人的な能力を身につけたヒーローです。2003年に映画化されてもいます。ショーターはこのヒーローに曲を捧げたのでした。SF好きで知られるショーターですが、ヒーローの名を直接曲名にしているのはかえって意外ですね。デアデヴィルは、昼は盲目の弁護士で夜に変身するという設定。ただ強いだけのヒーロー像とは異なるところがよかったのかな? 

同書には「ウェインは、人間であることの真の意味を考えさせるタイトルや歌詞を好んだ」とあります。ショーターにとっては、楽曲タイトルは作曲作品の一部なのです。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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