文/池上信次

サックス奏者、作曲家のウェイン・ショーターが、3月2日に89年の生涯を閉じました。ウェインは1950年代末から活動を始め、アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズを経て、64年にはマイルス・デイヴィス・クインテットに参加。いずれのグループもウェインによって大きな音楽的進歩を遂げました。その後70年にはジョー・ザヴィヌルとウェザー・リポートを結成。86年の同グループの解散後はソロで活動し、2001年からは「ザ・ウェイン・ショーター・カルテット」を結成し、15年以上活動を続けました。ウェイン・ショーターは60年以上にわたってつねにジャズの先端にいたひとりでした。

というウェインの経歴やアルバムの数々はジャズ・ファンにはよく知られています。キャリアも長く、音楽性の幅も広いので熱心なファンほど代表作はなかなか絞りきれないと思いますが、ここではその逆の(ジャズ専門ではないという意味での)一般の音楽ファンにとっての代表作、もっとも知られている作品はなにかと考えてみました。いわばウェインのパブリック・イメージ。ここからは、ウェインの残した功績がよりはっきりと見えてくるかもしれません。

「有名」の指標は「アルバム売上チャートとその枚数」。もちろん売上は音楽の質とは直接関係はありませんが、聞かれていなければ認識も評価のしようもありませんので。チャートで参照したのは、アメリカ『ビルボード』の「ビルボード200」。これはジャンルに分けていない総合アルバム・チャートです。売上枚数はアメリカレコード協会 (RIAA)のセールス認定枚数です。

まずウェイン自身のアルバムですが、チャート・インしたのは1975年リリースの『ネイティヴ・ダンサー』(コロンビア)だけで、最高183位で3週間チャートにとどまりました。セールス枚数の認定はありませんが、これはこれで「ヒット」といっていいものでしょう。ウェインが所属したグループのウェザー・リポートはたびたびチャート・インしていますが、77年リリースの『ヘヴィ・ウェザー』(コロンビア)がその最高位となりました。ピークは30位で22週間チャートにとどまり、81年までには50万枚(RIAAゴールド・アルバム)が売れたベスト・セラーとなりました。その後も人気で、2003年には100万枚(RIAAプラチナ・アルバム)のセールス達成というロング・セラーにもなっています。これは大ヒットといえるものですね。ウェインはウェザー・リポートのリーダーのひとりですので、『ヘヴィ・ウェザー』はウェインの「代表作」として挙げるにふさわしい1作といえるでしょう。

参加アルバムでは、マイルス・デイヴィスの『ビッチェズ・ブリュー』(コロンビア)が、一般にもっとも広く知られるアルバムでしょう。1969年にリリースされ、最高35位で29週チャート・イン。売上は76年に50万枚に達し、2003年に100万枚到達のベスト&ロング・セラーとなっています。ジャズではダントツのセールスのイメージがありますが、『ヘヴィ・ウェザー』もこれに劣らない好成績を残しているんでね。ウェインはこのマイルスとウェザー・リポート両方の人気作に参加し、いずれも欠かせないポジションにいたわけですから、ウェイン個人としては「記録的作品」はなくても、一般には「ジャズのサックス・プレイヤー」としてとても広く認識されていたと見ることができるでしょう。

ただ、これらは「ジャズ・アルバム」においてのこと。もう少し幅を広げると、ちょっと構図は異なります。ウェインの演奏でもっとも広く聞かれていたのは、ジャズではありませんでした。それは……スティーリー・ダンのアルバムでの演奏でした。


スティーリー・ダン『彩(エイジャ)』(ABC)
「エイジャ」作詞・作曲:ウォルター・ベッカー&ドナルド・フェイゲン
演奏:ドナルド・フェイゲン(ヴォーカル、キーボード)、ウォルター・ベッカー(ギター)、ウェイン・ショーター(テナー・サックス)、ジョー・サンプル(キーボード)、ラリー・カールトン(ギター)、デニー・ディアス(ギター)、チャック・レイニー(ベース)、スティーヴ・ガッド(ドラムス)ほか
発表:1977年
スティーリー・ダンは多くのジャズ・ミュージシャンをフィーチャーし、曲によって、また曲の部分によってもミュージシャンを使い分けるほど、凝りに凝った音作りをしました。ウェインの参加はアルバム・タイトル曲「エイジャ」1曲のみ。きっとここでは「必殺のソロ」が必要だったのでしょう。

ドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーの2人組グループ、スティーリー・ダンは、ジャズ・ミュージシャンとのスタジオ・セッションでその音楽を作り上げていました(ですからサウンドはジャズなんですが、カテゴリーとしてはロック、ポップスです)。ウェインは1977発表の『彩(エイジャ)』(ABC)にソロイストとして参加しました。このアルバムは7月に発売され、チャートは最高3位、トップ10に20週とどまり、売上は同年10月には50万枚、12月には100万枚というベスト・セラーとなりました。その後も60週にわたってチャート・インし、1993年には売上は200万枚(RIAAダブル・プラチナ)を超えています。マイルスもウェザー・リポートもはるかに超えるヒットです。ウェインはアルバムのタイトル曲「エイジャ」1曲だけの参加でしたが、アルバムを買った人は絶対に聞いているはずなので、これが「もっとも広く聞かれた」ウェイン・ショーターの演奏ということになるでしょう。だからといって「スティーリー・ダンのアルバムへの参加で知られる」としてしまうのは正しいかどうか微妙なところですが、この演奏はウェインの代表的名演といっていいほど素晴らしいものです。未聴のジャズ・ファンはぜひ聴いてみてください。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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