文/池上信次

レコード・CDに必ず(といっていいほど)付属しているライナーノーツ。日本ではSPレコードの時代から存在していますが、その昔は情報や資料も少なかったため、それはジャズ鑑賞には必要な付属品だったわけです。しかし、情報が豊かな時代になっても、ジャズのレコード・CDにはライナーノーツが作品の一部ともいえるほどの存在となって続いてきています。その必要性は人それぞれだと思いますが、なかには重要な資料や、(主役である)音楽とは独立した作品となりうるものもあり、レコード・CDという商品パッケージは、音楽だけではないひとつのメディアという見方もできます。

ただ、残念なのは、どんなに価値あるライナーノーツでもレコード・CDを買った人だけしか読めないということ。また、買って開けてみないと、筆者も内容もわからないというのも特殊ですね。音楽作品とは「別物」で(も)ありながら、レコード・CDが廃盤になればともに消えてしまうという、ライナーノーツとはじつに不幸な宿命をもった「作品」なのです。

さて、ジャズ・ファンならご存知でしょうが、ライナーノーツの書き手はジャズ評論家はもちろん、音楽家自身、また音楽に直接関係のない著名人だったりとさまざまです。内容は必ずしも音楽の直接的な解説だけでなく、エッセイあり、インタヴューありとこれもさまざまです。今回はそのなかからジャズ通で知られる作家が書いたものを紹介しましょう。

ジャズ通作家といえば、はい、村上春樹です。今や説明の必要はありませんね。村上春樹は作家デビュー前にもジャズ喫茶店主として文章を残していますが、ライナーノーツでもっとも古い(と思われる)のは1979年に発表されたもの。作家デビューは同年の『風の歌を聴け』ですので、当時は「ジャズ喫茶店主で作家」のころです。時期によって、書き手としての立場も「兼業作家」から「作家」に変わってきているわけですので、発表年も気にしながら読んでみると新たな発見があるかもしれません。発表順に紹介します。

※紹介したライナーノーツが付属するレコード・CDは初発売時のもので、再発売では付属していない場合があります。


1)1979年
スタン・ゲッツ『チルドレン・オブ・ザ・ワールド』(CBS・ソニー/LP)
「永遠のアメリカン・ドリーマー/スタン・ゲッツ」:長文のゲッツ論を展開。文末には「スタン・ゲッツ・ベスト・コレクション」も紹介する力の入ったもの。作家デビューの前後と思われますが、肩書きは「ジャズ喫茶」「作家」ともになし。

2)1980年
ソニー・クリス『アップ・アップ・アンド・アウェイ』(ビクター音楽産業/LP)
タイトルなし:「チャーリー・パーカーは、死んで何を残したか?」「ソニー・クリスの話」「さて『アップ・アップ・アンド・アウェイ』」の3パートに分けて書かれた、チャーリー・パーカーと比較してのソニー・クリスの解説。

3)1983年
大野えり『トーク・オブ・ザ・タウン』(日本コロムビア/LP)
タイトルなし:アルバムのテーマとなっているモータウンに関するエッセイ。

4)1983年
『マイルス・デイヴィス・オールスターズvol.2』(東芝EMI/LP)
「BLUE NOTE 私の10枚」:レコードの内容とは関係ない、LPシリーズの連続コラムの第2回目に寄稿。タイトルどおりブルーノート・レーベルのアルバム10枚を紹介。かなりマニアックなセレクションです。

5)1995年
クロード・ウィリアムソン・トリオ・ウィズ・ビル・クロウ『ニューヨークの秋』(ヴィーナスレコード)
(タイトルなし):ビル・クロウと村上のつながり(著者と翻訳者)をからめてのクロード・ウィリアムソンの紹介。「ニューヨークの秋」のタイトルで村上のエッセイ集『雑文集』(新潮社 2011年)に再録。

6)1996年
ビル・クロウ・カルテット『さよならバードランド』(ヴィーナスレコード)
「しみじみとジャズを聴きたくなるための本」:村上が翻訳したビル・クロウの著書『さよならバードランド』の紹介を兼ねるビル・クロウの紹介。村上訳による「ビル・クロウのライナー・ノート」も併載。

7)1998年
和田誠・村上春樹セレクション『ポートレイト・イン・ジャズ(ソニー編)』(ソニーレコード)
「雨の夜のビリー・ホリデイ」:一部改稿され「ビリー・ホリデイの話」のタイトルで『雑文集』に再録。ただしそこでは〈「エスクァイア」ロシア版(2005年9月号)の依頼を受けて書いた原稿です。日本ではこれが初出。でもこのビリー・ホリデイの話はどこかほかでも書いた記憶があります。たぶん何かCDのライナーノートにも書いたかもしれない。だいたい同じような内容だった。でもどのアルバムだったか思い出せない。〉とあります。ふたつの文章は構成・ストーリーは同じですが、細部の表現が異なっており、マニアには興味深い研究材料になるかも。

8)1998年
和田誠・村上春樹セレクション『ポートレイト・イン・ジャズ(ポリドール編)』(ポリドール)
「煙が目にしみる」:セロニアス・モンクのアルバムにまつわるエッセイ。「煙が目にしみたりして」に改題して『雑文集』に再録。

9)2002年
M’s(マサちゃんズ)フィーチャリング 佐山雅弘 『フローティン・タイム』(ビクターエンタテインメント)
「ひたむきなピアニスト」:ジャズ喫茶時代の佐山とのかかわりなど紹介。『雑文集』に再録。

10)2020年
渡辺貞夫『SADAO 2019 Live at Blue Note Tokyo』(ビクターエンタテインメント)
「渡辺貞夫—リジェンドになりきらないリジェンド」:村上の学生時代の渡辺貞夫ライヴ体験を含めたエッセイ。渡辺貞夫70周年記念パンフレット『My Dear Life Sadao Watanabe 70th』に再録。

11)2021年
大西順子カルテット『グランドヴォヤージ』(ディスクユニオン)
「今回の新しいこと」:ラジオ番組「村上RADIO」での大西との交流とアルバムの解説。

12)2021年
井上陽介『NEXT STEP』(ポニーキャニオン)
『NEXT STEP』のノート:井上陽介の「ベーシスト気質」と村上の好きなベーシストたちの解説。


再録されて公開されているものは、レコード・CDから独立した作品として成り立ちうる内容(だからこそ再録)で、どれも読み応えがありますが、もともと特定の音楽作品に付属するものとして描かれていることを考えれば、ぜひその音楽とともに読んでみたいものです。逆に、その文章から音楽もきっとまた違って聞こえてくることでしょう。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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