「地方の人が守りたくなる列車を走らせる。鉄道は楽しさや美しさ、心地よさを競う時代です」

解説 水戸岡鋭治さん(工業デザイナー・75歳)

昭和22年、岡山県生まれ。クルーズトレイン「ななつ星in九州」ほか観光列車、九州新幹線など、数多くの鉄道車両、駅舎などを手がけ、鉄道に新しい時代をもたらしている。菊池寛賞、ブルネル賞など受賞多数。
天草観光の玄関口となる三角駅(熊本県)は、JR三角線の終着駅である。明治36年(1903)に建てられた木造の駅舎は天井が高く、南蛮渡来の教会のような風情が漂う。観光列車「A列車で行こう」の運行に合わせ、水戸岡さんによりリニューアルされた。

日本の鉄道デザインを根底から変え、30年余りにわたり光をあて続けてきた工業デザイナーの水戸岡鋭治さん。現在の日本の鉄道のあり方は、そんな水戸岡さんの目にどう映っているのか。

「日本は、もう圧倒的にクルマ社会だと思っています。戦後ずっと、クルマこそが理想的な生活を運んでくれるものだと考えられてきた。公共交通をないがしろにして、クルマを優先してきたのです。でもいま、その矛盾が出てきて、たとえば、クルマの運転ができなくなった70代、80代のお年寄りが孤立化している。いま一度原点に帰って、生活の基盤である鉄道という公共交通が本当に必要かどうか、どうしたら残せるかを本気で考えるべきだと思っています」

地方と鉄道の関係は、いま、廃線か存続かという難しい局面を迎えている。各地のローカル線は走らせれば走らせるほど赤字を生むというジレンマに陥っていて、喫緊に解決策が求められている。

鉄道と地方が活性化

「鉄道はたしかに手間暇がかかるから、ローカル線はいらないという声は大きくなっているんだけど、世界的に見れば、ヨーロッパは完全にもう一回鉄道を見直している。鉄道は、100年以上も前に、自然を壊してつくった線路で成り立っている。でも、もうそこに線路はあるわけで、さらなる環境破壊にはつながらない。最高に風光明媚なところを走ってもいるので、ひとつの財産なんです。

そして、鉄道でたどり着いた駅の先には、人々の暮らしもあれば温泉も自然もある。たとえ無人駅であっても、そこは村の玄関。駅からはタイムトンネルがつながっていて、その先には、価値ある古(いにしえ)の文化が待っていることも多い。だからあと10年か20年、頑張っていれば、世界の観光客もそんな日本の原風景を見にやって来るようになる。日本の懐かしい知恵ある生活や食文化を見ることが理想の観光という時代になると思うのです。それを伝えるためにも地方の鉄道はなくてはならないものだと私は考えます」

水戸岡さんは、そんな衰退しつつある日本の鉄道に楔を打ち込むかのように次々と観光列車や通勤列車をデザインしてきた。これまでの常識を覆し、木やガラスといった素材を使い、シートやテーブルの形状を変え、楽しく、美しく、心地よい空間を生み出し続けてきたのだ。そのひとつの集大成となったのが平成25年(2013)から運行を始めたJR九州のクルーズトレイン「ななつ星in九州」だ。国内最上級の「D&S」(デザイン&ストーリー)が詰め込まれた豪華列車は、他のJR各社にも大きな衝撃を与えた。

たとえば、そこで取り入れられた「大川組子」。細い木材で模様をつくり、欄間や障子とする日本の伝統技術だが、これを福岡県大川市の職人に依頼し、車内でふんだんに使ったのだ。振動の多い車両で用いることへの危惧や難しさはあったが、水戸岡さんは、職人をたきつけ、押し切る。これはほんの一例だが、「ななつ星」で試みたこれらの技術は、その後もさまざまな列車で応用されていく。

水戸岡さんがこうした難しい技術に挑み、周囲の人々を動かしてきたのは、そうすることによって、地方の鉄道、いや地方そのものが活性化していくという確固たる信念があったからだ。

平成23年から運行する「A列車で行こう」は、熊本駅〜三角駅間で運行する「D&S列車」のひとつ。南蛮文化を題材にとったデザイン。
1号車にはステンドグラスや組子などの伝統工芸が配され、バーカウンターや共用スペースであるソファなどが設えられている。

住民が守りたくなる鉄道

水戸岡さんは、鉄道の持つ底力をなおも信じている。

「最少エネルギーで、多くの人を安全、安心に、正確に運ぶのが鉄道。そしてあらゆる乗り物の中で、圧倒的に豊かな時間と空間をつくれるのが鉄道なんです。観光列車であれば、テーブルを囲んで、一家で飲んだり食べたりしながら、山や森の景色を眺め、ゆっくりと会話ができる。それは、船でも、飛行機でも、クルマでもできないことです。だから一度、鉄道で2時間ほどの旅をすると、みんなファンになってしまうんです。なぜなら、乗っているだけで何もしなくていいから。座って風景を眺めて、喋っていれば、ワゴンが来て弁当やお茶の時間になる。年齢も性別も関係なく、家族3世代でも過ごせるし、夜はホテルにすらなる。最高の移動空間、最高に贅沢な時間が過ごせる場所なんです」

では、そんな日本の鉄道をこれからも健全に維持し、守っていくためには、どうすればいいのか。

「それには、そこで暮らす人たちが守りたくなるようなものをつくってあげないと。単に古いままだと手間がかかるだけで守りたくないけれど、それがちゃんとデザインされていれば乗りたくなるし、守りたくなる。駅舎であれば、自ら掃除したくなる。高いレベルまでデザインして商品化した楽しい列車を走らせて、沿線住民が高い意識を持って一緒に育てていく。それが鉄道の生き残る道だと私は思っています」

幼児を連れた3世代が楽しめる「あそぼーい!」は、別府駅〜熊本駅間を運行。写真はフリースペースにある木のボールのプール。
JR九州小倉総合車両センター(福岡県北九州市)に開設された「小倉工場鉄道ランド」には水戸岡さんの作品を集めたミュージアムがある。専用の団体ツアーで入場できる
(※問い合わせ:092・482・1489 JR九州トラベルデスク)。

取材・文/一志治夫 撮影/川井 聡

『サライ』11月号の特集は「鉄道150年を旅する」。北海道から九州まで、心躍る車窓の絶景を紹介します。

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※この記事は『サライ』本誌2022年11月号より転載しました。

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