大都市横浜の一角で大切に護られる重忠の史跡

重忠最期の地。傍らには帷子川が流れている。

さて、相鉄線で横浜までやってきた取材班は、武蔵国菅谷館からおよそ100km離れている鶴ヶ峰駅に降り立った。歩いて6分ほどの横浜市旭区役所へ。目当ては、横浜市が作成している畠山古戦場巡りのパンフレットだ。地図が充実しており、散策に便利だ。地図を頼りに散策すれば、1時間ほどで畠山重忠が駆けた鶴ヶ峰を巡ることができる。

最初の目的地である畠山重忠の首塚は、旭区役所の裏手の住宅街にある。案内板によると、今は西向きに立っている塚の石塔は、以前は鎌倉のある南に向かって立っていたという。

大河ドラマの影響か、すでに何組かの歴史好きと思しき人々が首塚を訪れている。通りがかりの近隣に住む方々が、首塚前で足を止め石塔に手を合わせていたのが印象的だ。

首塚のすぐ近くには、重忠の首を洗ったと伝えられる井戸の跡も史跡として残るが、帷子川の流れが変わって井戸はなくなっているという。

重忠終焉の地も、区役所のすぐ近くにある。帷子川を見下ろす位置に公園が整備されており、畠山重忠公碑が立っている。重忠が死の間際に「我が心正しかればこの矢にて枝葉を生じ繁茂せよ」と念じて2筋の矢箆をこの地に突き刺したところ、後にこの矢が根付き年々2本ずつ生えて繁っていったという。重忠没後800年の平成17年に、地元有志が重忠にまつわるこの「さかさ矢竹」の伝承を今に伝えるべく整備した公園だ。

畠山主従の骸が六カ所に分けられて葬られたと伝えられる六ツ塚。

六ツ塚やすずり石水跡、駕籠塚など、重忠ゆかりの史跡を巡りながら高台の住宅街を歩く。

鶴ヶ峰神社からは、古戦場一帯を見渡すことができる。脳内で劇中に登場した緑の映える草原の戦場に変換する。そっと目を閉じれば、南から攻めてくる幕府軍の様子が目に浮かぶようだ。少し大き目な声で、劇中で重忠が叫んだ〈戦など、誰がしたいと思うか!〉を復唱してみる。重忠が、私たちの来訪を喜んで、馬上から手を振ってくれたような気がした。

横浜市旭区のマスコットキャラクター「重忠あさひくん」。今も重忠はこの地のヒーローだ。
旭区の各店では、重忠にちなむ菓子や土産物などを販売。写真は重忠最中。大納言あんと胡麻あんがある。

構成/『サライ.歴史班』一乗谷かおり

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