ライターI(以下I):『鎌倉殿の13人』がいよいよ始まります。
編集者A(以下A):前年の『青天を衝け』では最後の征夷大将軍徳川慶喜が大政奉還をして武家政権が終焉を迎える様子が描かれましたが、今年の大河ドラマはその武家政権がどのように成立したのかを概観することになります。
I:途中に後醍醐天皇の建武の新政の数年を除いて、約700年にわたって武家がわが国の政権を握っていたわけですが、その最初を描くというわけですね。
A:同時代の僧侶慈円の『愚管抄』ではすでに保元の乱(1156年)の後に〈ムサ(武者)の世になりにける〉と表現しています。既存の朝廷を中心にした枠組みの中で初めて武家が実権を握ったのが平清盛。
I:清盛が実権を握ったのは、平治元年(1160)の平治の乱で勝利したのがきっかけですが、この合戦に敗れて捕らわれた源頼朝が伊豆に配流されることになったんですよね。
A:『鎌倉殿の13人』は、まさに平清盛率いる平家の権勢が全盛だったころから物語が始まります。
I:日本の歴史の中で約700年続いた武家政権。それがどのように成立したのか。なんだかわくわくしますね。ところでAさんの大河デビューは1979年の『草燃える』なんですよね。
A:大河ドラマとの出会いは1978年の『黄金の日日』後半からですが、通しで全話見たのは1979年の『草燃える』が最初です。スタート時小学4年生でしたが、毎週楽しみに見ていました。今回の『鎌倉殿の13人』は『草燃える』とほぼ同じ時代を描くということで、例年以上に期待をしています。
I:物語は、北条義時と源頼朝、北条政子夫妻を軸に展開していくと思いますが、そのほか注目すべき人物はいますか?
A:序盤の注目は片岡愛之助さん演じる北条宗時です。義時の兄ですが、変革の時代には、宗時のようなまっすぐな人間が必要だということが描かれるのではないかと期待しています。
I:幕末にもまっすぐな志士たちがまず時代に斬り込みました。
A:北条家の女性陣にも注目です。ひとりは宮澤エマさん演じる実衣。この女性がどう描かれるか要注目人物です。そして、宮沢りえさん演じる北条時政の後妻りくにも注目です。
I:奇しくも「ふたりのみやざわ」が演じる役どころが注目なんですね。
A:これは私の印象でしかないですがこのふたりの女性の存在は、後年、徳川家康の女性観というか側室観にかなり影響を与えているのではないかと思ったりします。
I:それはどういうことでしょうか。
A:家康の側室は秀吉の側室に比べた場合、身分のそれほど高くない女性が多いといわれています。政に口を出してほしくなかったのではと。
徳川家康が『吾妻鏡』を愛読していた意味を熟考したい
I:確かに家康は側室が大勢いましたが、秀忠の生母西郷局の実家(養父だが)西郷家すら大名に取り立てず、西郷家が1万石の大名になったのは家康死後のことです。
A:将軍生母の実家が力を持つのを忌避していたのかもしれません。そうしたことを北条氏の歴史から学んだのではないかと。というのも、家康が鎌倉幕府の正史『吾妻鏡』を愛読していたといわれているからです。
I:なるほど。頼朝の治績、北条氏との関係、頼朝死後の権力闘争を経て北条氏が幕府の実権を握る過程を学んだということですね。
A:おそらく家康は北条氏の歴史を反面教師としていたのではないかと。つまり『鎌倉殿の13人』では家康が反面教師とした歴史が描かれるのではないかと思うのです。NHKの制作陣がどこまで構想しているのかわかりませんが、私は『鎌倉殿の13人』とその翌年の『どうする家康』の2作は、2年に渡る壮大な「歴史叙事詩」になると勝手に興奮しています。
I:そういえば『鎌倉殿の13人』で北条義時を演じる小栗旬さんと『どうする家康』で徳川家康を演じる松本潤さんはプライベートでも仲の良い関係のようです。両者が大河ドラマのリレーをするというのもそういうことを意識しているのでしょうか。
A:歴史という大河の流れは北条義時の時代から止むことなく流れ続けています。義時や北条一族の政治から多くを学んだ家康が、約260年の太平の世を築き、今日があるわけです。歴史の大きな流れをつかめますし、組織の中で展開される熾烈で卑劣な権力闘争の内情など、人間社会をサバイバルしていく上で参考になるのではないでしょうか。
I:ということを考えると、生々しいかもしれませんが、子供たちにも見てほしいドラマになりますね。
A:そうですね。ちなみに関連本で注目されている『史伝 北条義時』(小学館)の著者山本みなみさんも子供のころから祖父と大河ドラマなど時代劇を楽しんでいたといいます。同じ三谷幸喜さんが脚本を担当した2004年の『新選組!』の時は中学生だったそうです。ですから、幕末まで約700年続いた武家政権の始まりがどうだったのかは、知っていて損はありません。『鎌倉殿の13人』は、歴史に詳しくなくても楽しめて、少し詳しい人でも「あ―、そういう解釈で来ましたか!」と膝を打つ。そんな風に仕上がっている印象です。そしてこれは私個人の感想ですが、『草燃える』をリアルタイムで視聴していたオールドファンが「グッ」とくる場面もちりばめられています。
I:それは楽しみですね。大河が面白いと生活に張りが出ますから(笑)。
主人公北条義時と主演俳優・小栗旬
I:さて、『鎌倉殿の13人』で北条義時を演じるのは小栗旬さんです。子役時代も含めてこれまで『八代将軍吉宗』(1995年)で徳川宗翰、『秀吉』(1996) で石田三成の幼少時、『葵 徳川三代』(2000)で細川忠利、『義経』(2005)で梶原景季、『天地人』(2009) で石田三成、『八重の桜』(2013)で吉田松陰、『西郷どん』 (2018)で坂本龍馬 とさまざまな役を演じています。
A:満を持しての主演なんですね。かつて『草燃える』では、松平健さんが義時を演じました。学問好きの若いころから徐々に貫録を増していく過程が緻密に描かれました。なんでも小栗さんは、『草燃える』をすべて見ているといわれています。「小栗義時」には期待しかありません。
I:物語の舞台は源頼朝(演・大泉洋)が流されていた伊豆韮山から始まります。時代はここから動き出すわけです。実際の韮山は、富士山を望める風光明媚な絶好のロケーション。後年、伊勢新九郎が同地を拠点として小田原北条氏が勃興し、さらに江戸時代には韮山代官江川家が反射炉(世界遺産)を建設し、その屋敷は「江川邸」として公開されているなど、狭い地域に史跡が林立しています。
I:伊豆長岡温泉もありますから、義時に思いを馳せながら、数日間逗留して史跡巡りしたいですね。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『半島をゆく』を足掛け8年担当。初めて通しで見た大河ドラマ『草燃える』(1979年)で高じた鎌倉武士好きを「こじらせて史学科」に。以降、今日に至る。『史伝 北条義時』を担当。
●ライターI:ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2022年1月号 鎌倉特集も執筆。好きな鎌倉武士は和田義盛。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり