
秋の深まりとともに、朝晩の空気が冷たく感じられるようになる頃、暦の上では「霜降」(そうこう)という節気を迎えます。草木に霜が降りはじめるこの時期は、紅葉や木枯らしといった季節の情景が豊かに広がります。
日本人が育んできた季節感や自然との寄り添い方を、霜降という言葉からもう一度見つめてみましょう。行事や旬の味覚、花々に至るまで、秋の終わりの美しさをたっぷりとご紹介します。
この記事では、旧暦の第18番目の節気「霜降」について、下鴨神社京都学問所研究員である新木直安氏に紐解いていただきました。
霜降とは?
2025年の「霜降」は、【10月23日(木)】にあたります。文字通り、「霜が降る」ことを表します。山里では、稲刈りの終わった田んぼに初霜が降り始めるのがこの時期です。
夜空が澄み渡り、満天の星がきらめくような晴れた晩には、放射冷却(ほうしゃれいきゃく)の影響で気温がぐっと下がり、地表に霜が降ります。まさにこの自然現象が「霜降」という言葉に結びついているのです。
なお、霜降に見られる霜は「秋の霜」であり、本格的な冬の霜は次の節気「立冬」(りっとう)以降に訪れます。南西諸島ではちょうど夏と冬の季節風が切り替わる時期とされ、日本列島全体が季節の転換期を迎える、大きな節目なのです。
七十二候で感じる霜降の息吹
「霜降」は、例年10月23日〜11月6日ごろまでの季節を指します。七十二候では、この期間をさらに3つに分け、移ろいゆく自然の変化を繊細にとらえています。
初候(10月23日〜27日頃)…霜始降(しもはじめてふる)
霜が初めて降りるころ。夜明けの田畑や庭先に、うっすらと白い結晶が見られます。霜は美しい反面、農作物には大敵です。
次候(10月28日〜11月1日頃)…霎時施(こさめときどきふる)
時雨が降り始めるころ。いにしえの都人が歌に詠んだように、「さっと降って晴れる」秋の通り雨です。濡れた落ち葉が陽の光を受けてきらめき、季節の趣を一層深めます。
末候(11月2日〜6日頃)…楓蔦黄(もみじつたきばむ)
楓(かえで)や蔦が色づくころ。山々や庭の木々が、黄や紅に染まりゆく風景はまさに秋の盛りです。
霜降を感じる和歌|言葉に映る寒露の情景
そろそろ霜の降りそうなこの頃、いかがお過ごしでしょうか? 皆様こんにちは、絵本作家のまつしたゆうりです。今回はご紹介するのは、寒さをほわっと温めてくれるような母の愛にあふれたこの歌。
旅人の 宿りせむ野に 霜降らば 我が子羽(は)ぐくめ 天(あめ)の鶴群(たづむら)
(遣唐使の母『万葉集』1791)
《訳》旅人が野宿をする野原に霜が降りたら、そこにいる我が子を羽で包んでおくれ、空を渡る鶴たちよ。
《詠み人》遣唐使の母。どんな人なのかは分かっていません。
この歌は「母が子を想う歌」の中でも、屈指の名作では……! と心に残る歌のひとつ。海を越え、唐に渡る我が子を想う歌です。
皆様も大事な家族が遠く旅をしたり、一人暮らしをしたりした経験はありませんか。こんな便利な現代でさえ「ご飯はどうしてるだろう」「怪我はしていないかな」などと気になるのに、交通の便も悪く宿泊施設も無い1300年前、その心配たるやいかほどかと思います。

遣唐使は僧侶・通訳や医師など、選ばれた人しかなれない唐に派遣される使節団のメンバーのことで、とても頭がよく、見目もいい人が選ばれたのだそう。国を代表して当時ちょっと格上の国に行くのだから、国を挙げて気合いも入りますよね。そんな優れた人を乗せて海を行く船ですが、四分の一の確率で沈むか難破してしまったそう! そんな確率で沈む船に乗りたくない、そして大切な家族に乗ってほしくなんてないですよね……! 無事に唐に着いたとしても、次の船が来るまでは帰れない。そして次の船もちゃんと日本に帰れるか分からない……。
そんな遣唐使に選ばれ、旅をしているだろう息子を想っている、と想像するだけで、胸がギュッと押しつぶされそうになります。
息子を含む遣唐使一団がどこで野宿をしていると想像しているのかは、この歌からは分かりません。都から遠く離れた筑紫国(今の福岡県)あたりで、いよいよ唐に渡る! というところなのか。それとも遠く唐の地で野営しているところなのか。
どちらにしろ「自分では抱きしめてあげられない」「温もりを伝えられない」からこそ、鶴に「抱きしめておくれ」と呼びかけるのがとてもいいなと。
当時「渡り鳥に託して手紙を届けてほしい」と詠う歌もありますが、遠くまで飛んで行ける渡り鳥に「自分たちの叶わぬ想い」を託して、少しでも心を和らげていた心の持ちようを素敵だなと思います。
皆様は自分ではどうにもならない思い、ありますか?
そんな時、まわりの自然を見まわしてください。あなたの心を託せるものが、ふと見つかるかもしれません。
(「霜降を感じる和歌」文/まつしたゆうり)
霜降に行われる行事|開運招福を願う縁起市
霜降の季節には、日本各地の鷲(おおとり)神社で「酉の市」(とりのいち)が催されます。これは、毎年11月の酉(とり)の日に行われる縁日で、開運招福・商売繁盛を願う伝統行事です。
華やかに飾られた熊手(くまで)は「運をかき込む」縁起物として人気で、威勢のいい掛け声とともに売買される様子も見どころのひとつ。霜降と重なる「一の酉」は、その年最初の酉の市にあたり、特に多くの人出でにぎわいます。

このほかにも、「霜降」の時期には秋の季節を告げるお祭りが日本各地で斎行されます。京都においては、「時代祭」や「鞍馬の火祭」、「石座(いわくら)の火祭」などが執り行われます。
霜降に見頃を迎える花
野山や庭先には、凛と咲く晩秋の花々が静かに存在感を示します。気温の低下とともに深まる季節の移ろいを、可憐な花々の姿に見つけてみましょう。
紫式部(むらさきしきぶ)
花というより実で楽しむ「紫式部」は、霜降の頃に見頃を迎えます。落葉低木で、晩秋には直径4ミリほどの紫色の美しい実を房状に付けます。
名前の由来は、『源氏物語』の作者「紫式部」とのつながりが推測されますが、直接の関係はないそう。楚々(そそ)とした佇まいの中に、上品な華やぎが感じられる晩秋の植物です。

蔓梅擬(つるうめもどき)
山野に自生する蔓(つる)性の木。5月から6月にかけて、目立たない淡い緑色の花を咲かせますが、本領を発揮するのは晩秋。直径約8ミリの丸い実がたわわに実り、やがて熟すと果皮が三つに裂け、鮮やかな橙(だいだい)色の種子が顔をのぞかせます。
その彩りの美しさは格別で、茶花や生け花の素材としても古くから重宝されています。梅に似た名を持ちますが、実際にはニシキギ科に属する別の植物です。

霜降の味覚|旬を味わい、季節を身体に取り込む
寒暖の差が大きくなる霜降の時期は、野菜や果物、魚などがぐっと甘みやうま味を増す「実りの季節」です。旬の味覚をいただくことは、季節の移ろいを身体で感じる日本人ならではの知恵でもあります。食卓に季節の彩りを添えて、五感で晩秋を楽しんでみてはいかがでしょうか?
野菜|さつまいも
この時期に旬を迎える野菜といえば、さつまいも。落ち葉焚きで作る、ほくほくの焼き芋は寒い季節には無性に食べたくなるのではないでしょうか。収穫は8月ごろから始まりますが、2~3か月貯蔵した方が、余分な水分を逃がし、甘みが増した格別の味わいになるそうです。そのため、旬は10月~1月頃とされます。
選ぶ際には、ずっしりと重く、ふっくらとしたものがおすすめです。

魚|秋鮭(あきさけ)
「秋鮭」は、産卵のために生まれた川に戻る前の沿岸で漁獲される鮭のことを指し、北海道では「秋味」(あきあじ)とも呼ばれています。脂は控えめながら、あっさりとした上品な旨みが特徴。塩焼きやちゃんちゃん焼き、石狩鍋など、秋ならではの料理でいただきたい魚です。
京菓子|梢の秋(こずえのあき)
霜降を含む陰暦9月には、「梢の秋」という異名があります。秋の終わりを意味する言葉です。
霜降の時期に提供される「梢の秋」は、こなし生地に白餡を包み、紅葉に見立てた美しい色合いに仕上げた逸品です。繊細な甘みとともに、紅葉の深まりをそっと感じさせてくれます。

写真提供/宝泉堂
まとめ
朝晩に霜が降りはじめ、秋の深まりと冬の気配を感じる霜降。自然のリズムに寄り添って育まれる旬の味覚は、心と身体を温めてくれる贈り物です。少し立ち止まって、季節がもたらす恵みをゆっくり味わってみませんか? 暮らしに季節を取り込むことが、豊かな心を育む第一歩になるかもしれません。
●「和歌」部分執筆・絵/まつしたゆうり

絵本作家、イラストレーター。「心が旅する扉を描く」をテーマに柔らかで色彩豊かな作品を作る。共著『よみたい万葉集』(2015年/西日本出版社)、絵本『シマフクロウのかみさまがうたったはなし』(2014年/(公財)アイヌ文化財団)など。WEBサイト:https://www.yuuli.net/ インスタグラム:https://www.instagram.com/yuuli_official/
監修/新木直安(下鴨神社京都学問所研究員) HP:https://www.shimogamo-jinja.or.jp
協力/宝泉堂 古田三哉子 HP:https://housendo.com
インスタグラム:https://instagram.com/housendo.kyoto
構成/菅原喜子(京都メディアライン)HP:https://kyotomedialine.com Facebook











