「意外にできる!」源範頼(演・迫田孝也)の今後に注目!

ライターI(以下I):坂東武士の御家人たちの不満が爆発した中で、大豪族上総広常(演・佐藤浩市)が粛清されました。Aさんは「大河史上屈指の名場面になる!」と予想していましたが、どうでしたでしょう。

編集者A(以下A):まさに手に汗握る展開で、戦慄が走りましたね。みなさんそれぞれ意見があろうかと思いますが、体操に例えると「H難度」の難しい技を繰り出した脚本だったという印象です。

I:体操? H難度? 鉄棒でいうと、カッシーナがG難度。ブレッドシュナイダーがH難度です。現在男子の最高難度がI難度といいますから、かなり高難度な技を駆使した脚本だという評価ですね。鹿狩りの〈鹿〉は誰のことなのか、誰がどちらの内通者なのか、ドキドキして見ていました。解説してください。

A:はい。まず時系列から整理しましょう。頼朝(演・大泉洋)の嫡子で後に頼家となる万寿の誕生は寿永元年(1182)8月。史実では、第12回で紹介されたように産養の儀を有力御家人が取り仕切っています。劇中で反頼朝の急先鋒になっている千葉常胤(演・岡本信人)ですが、産養の儀では、第七夜を担当。実際には常胤の息子たちも総動員して一族あげて盛大に執り行なったと記録されています。

I:その段階では、〈反頼朝〉感情はなかったんでしょうね。

 A:第12回に登場した「うわなり打ち=亀の前事件」は11月。ここで北条時政(演・坂東彌十郎)が、妻りく(牧の方/演・宮沢りえ)の兄である牧宗親(演・山崎一)が髻を切られたことを怒って鎌倉から伊豆に戻ります。翌寿永2年(1183)には年明け早々、源行家(演・杉本哲太)と劇中では登場しない志田義広という頼朝の叔父が義仲(演・青木崇高)のもとに奔って、頼朝と義仲は衝突寸前まで関係が悪化しますが、義仲は嫡男義高(演・市川染五郎)を人質として差し出すことで事態を回避します。これが寿永2年3月。実際の義仲陣営には、行家、義広だけではなく、甲斐源氏の安田義定も合流していますし、以仁王の遺児北陸宮を擁立しているというアドバンテージがありました。

I:この段階では、義仲の方に勢いがあって、坂東武士らが動揺するのもムリはないということですね。そして、義仲が倶利伽羅峠で平家軍を撃破したのが寿永2年5月。義仲が京へ突入したことで平家が都を捨てるいわゆる「平家都落ち」が7月という流れですね。

A:義仲に先を越されたという中で、頼朝が後白河院(演・西田敏行)に工作して手にしたのが、前週(第14回)に登場した「寿永二年十月宣旨」。大雑把にいうと頼朝の東国支配権を承認した宣旨で、遅ればせながら、これで流人ではなくなります。劇中頼朝が宣旨を恭しく手にして、悦に入る風だったのが印象的でした。義仲軍に対する劣勢を挽回するための起死回生の宣旨になるはずだったのですが、一方で、坂東武士らの怒りに火をつけてしまったということでしょうか。

I:上総広常らの主張は京都の朝廷とは無関係に東国は、独立独歩でやって行こうという考えだったんですかね。わかりやすくいうと、平将門や平忠常(将門の孫。源頼信に敗れる。上総広常、千葉常胤の先祖)などの先祖の流れを汲んだ考えになりますが。

A:「東国独立」の考えと、後白河院の宣旨という従来の朝廷の権威にすがる頼朝の発想とでは相容れません。頼朝は後年上洛した際に、上総広常の粛清について、後白河院に事情を語ったといいます。

I:劇中に登場する九条兼実(演・田中直樹)の弟慈円の『愚管抄』に記述されているのですよね。

反頼朝で結託する坂東武士たち。

双六の盤越しに討つという着地点

I:劇中では、文覚(演・市川猿之助)が万寿の誕生から500日を祝うための儀式を挙行するということでした。万寿誕生500日というと、寿永2年の年末になります。劇中のやり取りを見て、そんな出鱈目な坊主がいるか! と感じたかもしれませんが、本作での文覚は最初から「怪しい坊主」でしたから、このおかしな儀礼について文覚が〈今、拙僧が作り申した〉だなんてとんでもないことをいっても違和感はありませんでした(笑)。

A:本作は鎌倉幕府の正史『吾妻鏡』をベースにしていますが、『吾妻鏡』には書かれていないことも「もしかしたら、実際にこんな流れだったかもしれない」と感じてしまうリアルさで描かれていたのには感じ入りました。〈鹿狩りと称せば、御家人が弓矢を携え集っていてもおかしくありません〉という台詞を義時(演・小栗旬)に語らせているのが、今後のことを考えると印象深いですし、鶴岡八幡宮での儀式の際に襲われた際の源範頼(演・迫田孝也)の立ち振る舞いに実衣(演・宮澤エマ)が〈意外とできる〉と漏らしていたのも、これまで愚将扱いされることの多かった範頼のキャラ変を暗示しているのでは、と興奮しました。さらに八幡宮での儀式を襲撃するというのも後年のことを思うと示唆に富んだ出来事でした。そういう流れの中で、着地が『愚管抄』に記述されている、双六の盤越しに梶原景時が首を掻き切ったというくだりになりました。よく知られたシーンで着地することで、H難度の脚本がピタッとはまった印象です。善児(演・梶原善)が出てきたので、よもや上総広常までもが善児の刃にかかるのかと一瞬不安がよぎりましたが、フェイントでしたね(笑)。

I:確かに、善児が上総広常を斬っていたら、印象はずいぶん違っていたかもしれませんね。

源氏の嫡流とは「悪」でなければつとまらないのか?

I:ところで、上総広常粛清を決めた頼朝らの寄合は、恐ろしいやり取りでした。結局何も知らされていなかった義時がすべてをお膳立てした形になりました。前週に木曽義仲を田舎者とあざけった後白河院のやり口を「THE京都=貴族社会」と評しましたが、今回の頼朝のやり口もそれに似た感じがします。印象深いのは、〈誰かに死んでもらおう〉という恐怖を感じる言葉です。「ほんとうは冷徹な頼朝」が浮き彫りになった衝撃的な展開でしたが、考えてみたら最初から義時は頼朝を「恐ろしいお方」と見ていたんですよね。源氏の嫡流とは悪でなければつとまらないんですかね!

A:上総広常の粛清は、見せしめのための犠牲が必要だという論理でした。その上、扱いづらい上総広常がもってこいのターゲットになったんですね。同時に区切りというか、リセットというか、似たようなことは、歴史の中では幕末にもあったなあと感じました。

I:例えば?

A:例えば、江戸城無血開城がなった後に恭順の姿勢を示した会津藩に対する仕打ち。新選組局長近藤勇の処刑や勘定奉行や外国奉行を歴任した小栗上野介の処刑なども同じようなにおいがします。

I:〈初めからそのおつもりだったのですか?〉と驚愕している義時はまだ甘いのかもしれません。それでも頼朝の側にいて、こうした粛清劇を目の当たりにしたことは、どんな帝王学、宰相学よりも実践的だったのではないでしょうか。

A:どのようにして人を追い落とすか、ということを学んだということですね。三浦義村(演・山本耕史)にも〈頼朝に似てきている〉と指摘されました。末恐ろしいです。

何も知らずに双六に興ずる上総広常(演・佐藤浩市)。左は梶原景時(演・中村獅童)。

素人歴史談義を深めたい

I:『吾妻鏡』では、粛清後に広常の願文が見つかったということで、冤罪だったようなことが記載され、広常の縁者が赦免されたことが記されています。今回の劇中でも義時が「願文」を読み上げていました。ところが、それを聞いた頼朝は〈あれは謀反人じゃ〉と切って捨てます。

A:前週、「次回はハンカチ必須」といったのは、実は、広常の願文が見つかった後に頼朝は粛清したことを後悔するのでは、と想像していたためです。完全に心得違いでした(笑)。

I:Aさんの読みの裏をかいたような脚本に、一本取られましたね。私は広常の願文に対して頼朝が心無い態度をとったのは、『吾妻鏡』の記述自体が怪しいという意見も多いことを踏まえたうえでの作者の深謀遠慮だと感じています。しかもそうすることによって〈冷徹な頼朝〉がより強調されますし……。そこまで練られた脚本だとすれば、「H難度」というのも納得です。現在体操界では男子でI難度、女子でJ難度の技がありますが、最終回までに体操界にもない「K難度」の大技がみられると私は期待しています。

A:K難度! それは楽しみです。しかし、高難度の展開を見ていると、いろいろと想像力を刺激されます。時政の伊豆戻りも実は一連の騒動に関係があるのではないかとか、実際は大江広元(演・栗原英雄)ら京から下って来た実務官僚と坂東武士の間でも激しい対立もあったのではないかとか……。

I:豊臣秀吉が亡くなった後に、福島正則らの武断派と石田三成らの文治派が対立したような構図ですね?  確かにあの荒くれもの揃いの坂東武士が京都から下ってきた官僚に反発しないわけがないと思ってしまいます(笑)。

A:はい。大江広元や二階堂行政ら実務官僚の子孫が『吾妻鏡』の編纂にかかわっているとされていますから、草創期の実務官僚と坂東武士らの対立はもみ消されてしまったのではないかなど、妄想がどんどん膨らみます(笑)。

I:では、私も。私は、おおもとの黒幕はほかにいるのでは、と感じました。上総広常の粛清で誰がいちばん得をしたか――。

A:もしかして千葉常胤? 確かに〈御所に攻め入り、頼朝の首を取る!〉と急進派でした。上総氏と千葉氏はいずれも平忠常を先祖に持つ同族ですし……。実際に粛清された上総広常の所領を千葉氏系が受け継いでいたりしますもんね。

I:あるいは、一連の騒動で頼朝に粛清されないために時政があえて鎌倉から不在になったとかいったことは、ないですかね。素人談義といえばそれまでですが、そもそも大河ドラマは壮大なるエンターテインメント。「〇〇は史実とは異なる」と細かすぎる指摘をするよりも、歴史ファンの裾野を広げるという意味で、気軽な素人歴史談義も深めていきたいですね。

A:はい。もっと知りたい! という方は関連書籍を手にとって欲しいですね。

広常粛清を決める寄合。

●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『半島をゆく』を足掛け8年担当。初めて通しで見た大河ドラマ『草燃える』(1979年)で高じた鎌倉武士好きを「こじらせて史学科」に。以降、今日に至る。『史伝 北条義時』を担当。
●ライターI:ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2022年1月号 鎌倉特集も執筆。好きな鎌倉武士は和田義盛。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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