文・絵/牧野良幸
俳優の宝田明さんが3月に亡くなった。87歳だった。
宝田明と言えば東宝を代表するスターで、映画だけではなくテレビドラマや舞台でも活躍した。僕もスクリーンやブラウン管を通じて小さい頃から接していただけに、宝田明さんの訃報は悲しい。そこで今回は宝田明さんが出演した作品を取り上げたい。
宝田明の代表作はたくさんあるが、訃報のニュースであげられたることが多かったのが『ゴジラ』(1954年)だ。いうまでもなくゴジラ・シリーズの第1作で、これでゴジラが初めて世に出た。同時に宝田明にとってもこれが初主演映画だったという。
ただ『ゴジラ』はこの連載の第15回(https://serai.jp/hobby/300590)で書いているので、今回は同じく宝田明が主演をした『キングコングの逆襲』を取り上げる。こちらは1967年の公開、怪獣映画が大ブームになった頃の作品で、シブさでは『ゴジラ』に及ばないものの、これも面白い映画だ。アメリカ映画で有名なキングコングとロボットのメカニコングが戦う異色作である。
宝田明は『ゴジラ』以後、『モスラ対ゴジラ』(1964年)、『怪獣大戦争』(1965年)、『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』(1966年)で主人公を演じてきた。続く『キングコングの逆襲』での宝田明の役どころは国連の科学委員会の隊員、野村次郎三佐である。
怪獣映画といえども怪獣だけでは映画にならない。怪獣がビルを壊したり、怪獣同士が戦う場面ばかりでは見る方も飽きてしまう(たとえ子どもでも)。
怪獣映画には必ず人間の側で動き回る主人公が必要なのだ。新聞記者やある機関の隊員とか船員とかである。主人公は怪獣と遭遇し、人間が怪獣と戦う現場に居合わせることで、観客もその場にいるような感覚を持つ。
その重要な主人公役に宝田明ほどふさわしい俳優はいなかった。クールでありながら優しさがにじみ出る宝田明にはうってつけの役柄だ。
実際、当時『キングコングの逆襲』を見た女性には宝田明の姿が眩しかったのではないか。
怪獣映画に女性の観客というのもピンとこないが、当時は幼い子どもを映画館に連れてきた若いお母さんも多かったと思うのである。お母さんたちにとってはキングコングとメカニコングの戦いより、宝田明の演じる野村次郎にうっとりしたことだろう。
では子どもはどう思ったか。僕も当時『キングコングの逆襲』を映画館で見ているが(小学四年生だった)、映画を見て「あっ、宝田明が出ている」とはさすがに思わない。映画俳優にはまだ興味が向かない年頃だ。ひたすらメカニコングに注目していた(当時は怪獣ブームと同時にロボット・ブームでもあった)。
それでも、である。宝田明の演じる野村次郎を見て「勇気のあるお兄さんだなあ」と子ども心に思ったことは確かである。ヒーローとはちょっと違うけれど、立派な大人の見本のような存在に思えた。意識下では宝田明に憧れていたことになる。
子どもと女性が宝田明なら、男性の観客はどうだったろう。たぶん野村次郎と同じ国連の隊員であるスーザンと、女工作員マダム・ピラニアに目が離せなかったと思う。
スーザンはネルソン司令官や野村次郎たちと南海の孤島に立ち寄った時に、キングコングに捕まるこの映画のヒロインだ。
キングコングはスーザンを気に入り、スーザンの言うことだけは聞くようになる。このあたりはオリジナルのアメリカ映画『キング・コング』へのオマージュとなっている。
そのスーザンを演じたのはアメリカの俳優リンダ・ミラーという人だが、声は山東昭子が吹き替えをしていて、
「コーング、離して!」
というセリフにはグッとくる。
そしてマダム・ピラニア。ある国の秘密工作員だ。国際的悪人ドクター・フーと組んで、北極で核兵器用の鉱石を採掘しようとしている。そのためにメカニコングを作った。しかしメカニコングが制御不能になるとキングコングに目を付ける。
マダム・ピラニアという名前から、どんな人物かと思うだろうが、演じるのは『007は二度死ぬ』でボンドガールをつとめた浜美枝である。
今調べると『007は二度死ぬ』の日本公開が1967年の6月となっている。『キングコングの逆襲』の公開はその1か月後の7月である。浜美枝のボンドガールへの抜擢は当時そうとう話題になったから、男性観客は釘付けになったことだろう。
東宝がどこまで007映画を意識していたのかはわからないが、浜美枝の出番は多く、他の怪獣映画よりもスパイ的要素が多い。あるシーンでは肩もあらわなドレスでネルソン司令官を誘惑しようと試みる。子どもはスルーで見ただろうが、成人男性にはかなり気になるシーンだったに違いない。
それは現代の成人男性である僕にもあてはまることで、今映画を見るとメカニコングよりマダム・ピラニアに目が行く。そしてスーザンの方にも目が行ってしまう。
映画のクライマックス。メカニコングがスーザンをさらって東京タワーを登っていく。キングコングが追いかける。ここからキングコングとメカニコングの戦いが始まるのだが、それよりも同時に描かれる野村次郎のスーザン救出の場面が気になってしょうがない。
東京タワーから落ちそうになり、鉄骨に必死にしがみつくスーザン。彼女を救出しようとする次郎。
「スーザン、もう少しだ、元気を出して」
「次郎!」
こう書くと、おまえは女優ばかり見ているのだな、と言われそうだが、そうではない。映画も最後になってようやく気づいた。
スーザンを助ける野村次郎がカッコいい、宝田明がカッコいいのだ。子どもの時に見て憧れ、大人になって見ても憧れる俳優。やはり宝田明は日本映画を代表するスターだった。『キングコングの逆襲』はそれを気づかせてくれる。
そんな宝田明さんが亡くなったのは本当に残念である。あらためて宝田明さんのご冥福をお祈りしたい。
【今日の面白すぎる日本映画】
『キングコングの逆襲』
1967年
上映時間:104分
監督:本多猪四郎(本編)、円谷英二(特撮)
脚本:馬淵薫
出演:宝田明、浜美枝、天本英世、ローズ・リーズン、リンダ・ミラー、ほか
音楽:伊福部昭
一
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp