「仕草や表情がさまになる瞬間は、芸の聴きどころでもあるのです」

表情豊かに躍動する落語家の姿から、抑揚ある声まで聞こえてきそうな写真が揃う。あの頃、あの日の至高の瞬間を写し取った作品群だ。

横井洋司さん。昭和12年、東京生まれ。中央大学中退。写真工房を経てフリーに。落語・講談・漫才他の寄席の芸を精力的に撮影、新聞・雑誌等で活躍中。写真集に『はなし家写真館』『志ん朝の高座』等。日本写真家協会会友。

高座の噺に照準を定め、渾身の一枚を写して魅せる。それが落語を軸に大衆演芸の世界を撮り続ける横井洋司さんの矜持である。

「高座の撮影は、噺家とお客本位で、邪魔にならないよう神経をつかいます。自由に動けないのでア
ングルは限られる。照明も使えない。シャッター音が聞こえてはいけないから手作りの防音ケースで
カメラを覆って撮っています」

柳家小三治 (1939~2021)
噺の間合いがよく、目力が強い名人で、師の小さん、桂米朝に続き人間国宝に認定された。写真は東宝名人会で『死神』を口演中のひとコマ。

制限が多すぎて、いい写真を撮るのは難しい。それでも、横井さんは、その悪条件を超えて数々の傑作をものにしてきた。

「仕草や表情がサマになる瞬間が、芸の聴きどころ、写真の撮りどころです。芸の未熟な人には苦労しますが、名人ほど撮りやすい。雰囲気があって、目線のメリハリもしっかり利いていますから」

その上で、なお真の傑作写真をものにできるのは一期一会にしてきわめて稀というが、さて──。

落語ファンから撮影する側へ

浅草生まれの横井さんと落語の出会いは、子どもの時分に遡る。

「母が寄席や歌舞伎によく連れていってくれた。おかげで落語好きになって、上野鈴本や人形町末廣の寄席通いを始めたんですよ」

高校時代は、気の合う仲間と学校をさぼっては寄席に出入り。もういっぱしの落語通だった。

後には寄席や演芸場以外での落語会にも足を運んだ。イイノホールの『精選落語会』は“常連席”を押さえて、文楽、志ん生、圓生、正蔵、小さんの名人芸に聴き惚れたのである。

カメラとの付き合いは高校の写真部時代から。いつしか好きな噺家を撮るのが夢にもなっていた。

「彗星の如く落語界に出現した志ん朝さんの芸に魅せられ、この人を撮りたいと切に思ったんです」
 
結果、横井さんは落語ファンとして高座を見つめる側から、撮影する側へと立ち位置を変える。

立川談志(1936~2011)
昭和58年12月16日、東京・銀座「博品館劇場」で『富久』を熱演。独特の理論と型破りな芸風で時代を駆け抜けた稀代の風雲児。

「直接の契機はビクターレコードから『落語歳時記』のジャケット撮影を頼まれたこと。一緒に寄席通いをした仲間が、そのディレクターで“おまえは落語が好きで、写真が撮れるんだから、やれよ”と言ってくれたんです」
 
それが半世紀にわたって好きな落語を撮り続ける至福への一歩になった。いま横井さんは言う。

「今回の写真集は東西の噺家に加えて講談・浪曲から、樽回しなどの色物の世界までカバーできた。こんな芸人がいたことを、ぜひ知っていただきたいと思います」

江戸家猫八(1921~2001)
写真は昭和62年2月27日、有楽町朝日ホールで。NHK『お笑い三人組』で全国区の人気者に。動物の鳴きまね芸を得意とした。

2月24日頃全国書店で発売
『横井洋司写真集 名人 粋人 奇人 昭和平成落語写真鑑』

著者/横井洋司
定価/2750円 小学館
B5判変型・144ページ

落語を軸に大衆芸能の世界を撮り続けてきた横井さんの傑作を集めて編まれた写真集。圓生、小さん、志ん朝、小三治、枝雀ら東西の名人のありし日の至芸、息遣いまでが見えてくる。

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※紹介した写真は『横井洋司写真集 名人 粋人 奇人 昭和平成落語写真鑑』に収載。写真展には掲出されません。

写真展のお知らせ

昭和から令和まで高座撮影半世紀
落語写真家 横井洋司 写真展「噺を写す」

昭和の名人から令和の若手まで落語家約50名、約50点の作品を展示。

期日/3月4日(金)〜3月17日(木)
会場/富士フイルムフォトサロン 東京 スペース2
東京都港区赤坂9丁目7番3号(東京ミッドタウン・ウエスト1階)
電話:03・6271・3350
開館時間:10時〜19時(最終日は16時まで、入館は終了10分前まで)
休館日:会期中無休
入場料:無料
交通:都営大江戸線六本木駅と直結

展覧会情報はこちらのQRコードから。

下記アドレスからも可能です。
https://fujifilmsquare.jp/exhibition/220304_02.html

取材・文/佐藤俊一

※この記事は『サライ』本誌2022年3月号より転載しました。

 

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