ジャズマンの「変名」レコーディングの続きです。前回予告した謎のジャズマン3人を紹介します。まずはアルト・サックスのロニー・ピーターズ(Ronnie Peters)。耳に自信のある方は、先に進まず、音を聴いてみるのもいいかも。各種サブスクで聴けます。アルバムはこれ。ソロは2曲目と3曲目にあります。


ミルト・ジャクソン『プレンティ・プレンティ・ソウル』(アトランティック)
演奏:ミルト・ジャクソン(ヴァイブラフォン)、ジョー・ニューマン(トランペット)、ジミー・クリーヴランド(トロンボーン)、ロニー・ピーターズ(アルト・サックス)、フランク・フォスター(テナー・サックス)、サヒブ・シハブ(バリトン・サックス)、ホレス・シルヴァー(ピアノ)、パーシー・ヒース(ベース)、アート・ブレイキー(ドラムス)、クインシー・ジョーンズ(編曲)[A面]
録音:1957年1月5日[A面]


そうそうたるメンバーにまじって、ひとりだけ無名のロニー・ピーターズ。しかし、このソロはビビることなくまったく素晴らしい! それもそのはず、ピーターズの正体はキャノンボール・アダレイなのでした。地味な名前にしたのは本当に匿名にしたかったからなのか。であれば、ずっと「この1枚でしか聴けない謎のサックス奏者」にしておいてほしかった気もするのですが、現在リリースされている国内盤CDでは帯にまでしっかりキャノンボールの名前が出てしまっています。まあ、音を聴けばすぐにわかってしまうのですけど。

キャノンボールは、これと同時期にもう1枚変名参加アルバムがあります。こちらは、あからさまな変名。


ルイ・スミス『ヒア・カムズ・ルイ・スミス』(ブルーノート)
演奏:ルイ・スミス(トランペット)、バックショット・ラ・ファンク(アルト・サックス)、デューク・ジョーダン(ピアノ)、トミー・フラナガン(ピアノ)、ダグ・ワトキンス(ベース)、アート・テイラー(ドラムス)
録音:1957年2月4日、9日

このアルバムは2日間の録音ですが、アルト・サックスのバックショット・ラ・ファンク(Buckshot La Funke)は両日ともに参加しています。ルイ・スミスにとっては外せないメンバーだったのですね。どうせバレるなら、ということで、これ誰?と探させるためのような名前にしたのでしょうか。ロニー・ピーターズを、より隠蔽するためにわざとこちらの変名を強調したのか? ちなみに、1990年代に活動したヒップホップ・バンド「バックショット・ルフォンク(Buckshot LeFonque)」は、この名前をもとにしたもの。そのバンドはブランフォード・マルサリス(サックス)のバンドなのですが、当時は、ジャズマンがヒップホップをやることにはまだまだ賛否両論があったので、匿名で活動したというわけでした(即座に身バレしてましたが)。

そしてもう一人のアルト・サックス、ジョージ・レーン(George Lane)。これも地味な名前ですが、音は名前と正反対。ジョン・コルトレーンのアルバムに参加しています。


ジョン・コルトレーン『オーレ・コルトレーン』(アトランティック)
演奏:ジョン・コルトレーン(ソプラノ&テナー・サックス)、フレディ・ハバード(トランペット)、ジョージ・レーン(アルト・サックス、フルート)、マッコイ・タイナー(ピアノ)、レジー・ワークマン(ベース)、アート・デイヴィス(ベース)、エルヴィン・ジョーンズ(ドラムス)
録音:1961年5月25日


これはもう音を聴く前から、メンバーだけでわかっちゃいますよね。エリック・ドルフィーです。この後コルトレーンのグループに加入し、多くのレコーディングで共演をするドルフィーですが、このときはまだプレスティッジ・レコードと契約があったので、コルトレーンのこのアルバムだけがジョージ・レーン名義です。同年7月のセッション(『アフリカ/ブラス』)からは本名で堂々の参加となります。ジョージ・レーンの名前の由来を知りたいところですね。

次は、ピアニストのジョー・スコット(Joe Scott)。参加アルバムはこれです。


ソニー・クリス『アット・ザ・クロスローズ』(ピーコック)
演奏:ソニー・クリス(アルト・サックス)、オラ・ハンセン(トロンボーン)、ジョー・スコット(ピアノ)、ボブ・クランショウ(ベース)、ウォルター・パーキンス(ドラムス)
録音:1959年3月

これはメンバーからは類推しにくいですね。よくありそうな名前からも、ほんとうに正体を隠そうという意図が伺えます。答えを言います。ジョー・スコットの正体はウィントン・ケリーです。この『アット・ザ・クロスローズ』はシカゴで録音されたもの。おそらくクリスのツアー中に、そのメンバーで急遽録音となったのでしょう。ケリーはこの時期、リヴァーサイド・レコードと契約中でした(同時期に『ケリー・ブルー』を録音)。というわけで変名としたわけですが、一聴瞭然。マイルス・デイヴィスのグループでも絶好調で活動中だっただけに、この個性的な音は隠そうにも隠せませんね。なお、このアルバムの音源は70年代にインパルス・レコードから『ザ・バップマスターズ』の名称で再発されたことがありますが、そこでは何の注釈もなく、ピアノがウィントン・ケリーと記されていました。また、その後のオリジナル・ヴァージョンでのCD化でもウィントン・ケリーと記され、もともと裏ジャケにしかなかったジョー・スコットの名前は、今では消えてしまいました。せっかくの変名だったのに……。

最後に、私がいちばん気に入っている変名を紹介します。1953年録音、ウェストコースト・ジャズの代表的トランペッター、ショーティ・ロジャースの『ショーティ・ロジャース・アンド・ヒズ・ジャイアンツ』(RCA)に参加しているアルト・サックス奏者です。その名はアート・ソルト(Art Salt)。この種明かしはなしでいいですよね。










一応、解答を。ソルトの正体はアート・ペッパー(Art Pepper)でした。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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