久々の登場となる民部公使こと徳川昭武(演・板垣李光人)と一緒に「徳川万歳!」。

維新から30年弱で大国清と戦争して勝利するまでに国力が増進した日本。経済人としてその一翼を担った渋沢栄一(演・吉沢亮)だが、家庭では嫡男篤二(演・泉澤祐希)の素行問題を抱えていた。

* * *

徳川万歳! 東京万歳! 家康入城300年

ライターI(以下I):第38話では冒頭から〈東京開市三百年祭〉のイベントが描かれました。これは天正18年(1590)に徳川家康が江戸城に入城して300年を祝したものです。ちょうどこの年に東京市が15区で発足しています。栗本鋤雲(演・池内万作)、福地源一郎(演・犬飼貴丈)ら旧幕臣が音頭をとって開催したようです。

編集者A(以下A):維新から約20年の明治22年の段階ですから政府からみれば「ガス抜き」の側面もあったように思えます。憲法発布、国会開設と近代化の施策が講じられていましたが、政府は権力闘争に明け暮れていました。そうした中で旧幕臣が「反政府」でまとまったらという危機感はあったかもしれないですね。

I:しかし、旧幕臣が声高に「徳川万歳!」と叫ぶことができたわけですから、時代は変わりました。さすがに「家康万歳!」までは遠慮したようですが、劇中で旧幕臣らが小栗上野介(演・武田真治)の業績を讃える台詞を発していたのが印象的です。

A:これまで重要視されなかった「徳川近代」、小栗上野介の業績に光を当てたことが 『青天を衝け』成功のひとつのポイントだったと思います。今までは薩長政府の描写がほとんどでしたから、新鮮に映りました。さて、この「開市三百年祭」のイベントには徳川宗家の家達(いえさと)も200円(現代の400万円ほど)の寄付金を出したといいます。

I:劇中、徳川昭武(演・板垣李光人)が久しぶりに登場しました。維新前のパリでの場面では昭武の前では皆、平伏していましたが、明治22年ではそうした光景はなく、時代の変遷が強調された感があります。でもパリでは14歳だった昭武も明治22年は30代半ば。若々しいままの「民部公子」の再登場はうれしかったですね。

A:ちなみに明治31年には関西でも「豊太閤三百年祭(没後300年)」が秀吉恩顧の大名で旧広島藩主家の浅野長勲を筆頭に挙行され、立派な豊国廟が整備されました。

I:明治には家康の江戸城入城を記念して慶祝行事が挙行されましたが、平成15年(2003)には家康が征夷大将軍に任ぜられた慶長8年(1603)に「江戸開府400年」ということで多くの慶祝行事が催されました。その時は「徳川万歳!」はあったんですかね。

A:平成に「徳川万歳!」は記憶にないですね。ただ、2018年に徳川宗家次期当主で、世が世なら19代将軍の徳川家広さんが参院静岡選挙区から立憲民主党公認で立候補しました。残念ながら落選しましたが、当選していたら「徳川万歳!」が発せられたかもしれませんね。

徳川慶喜の帰京と復権

30年にも及ぶ謹慎生活を終えて東京に戻ってきた徳川慶喜(演・草彅剛)。

I:明治30年、ようやく徳川慶喜(演・草彅剛)の帰京が実現しました。慶喜の帰京に難色を示していたのが勝海舟だといわれています。栄一(演・吉沢亮)は一貫して慶喜に対する海舟の態度を批判していました。

A:30年とは本当に長かったですね。趣味人として生きていたとはいえ、実質的に謹慎生活ですし、以前にも話しましたが、静岡時代の慶喜の「財布」は徳川宗家に管理されていました。このころは、栄一が設立した企業の株式配当で自由になるお金も増えたようですが、名実ともに経済的に自由になったのは明治35年の公爵受爵まで待たねばなりません。

I:その慶喜が東京に戻った際に邸宅を設けたのが東京巣鴨。現在の山手線巣鴨駅前に広大な屋敷があったそうです。ただし、わずか数年で近接地に鉄道が敷設されることになり、慶喜が騒音を嫌ったために小石川に転居することになりました。

A:劇中では、あっさり描かれましたが、慶喜の帰京と復権に関しては、栄一が各方面に根回ししたようですね。 栄一は終生一貫して〈逃げた暗君ではない〉と、徳川慶喜の顕彰に尽力しましたが、今週は、伝記の編纂について慶喜に相談する場面が登場しました。しかし、数多くの会社の設立に携わっただけでなく、養育院事業にも積極的にかかわり、慶喜の復権にも力を注ぐ。そうした中でも女性のもとを訪ねる時間を割くという膨大なエネルギーはやっぱりすごいですよね。

大隈重信、渋沢栄一襲撃事件から日清戦争

I:渋沢栄一が襲撃される場面が登場しました。明治25年の出来事です。劇中でも触れられていましたが、水道管敷設にかかわる事件のようです。当事者の栄一の証言によれば、国産水道管派から売国奴と非難されて、その一派が犯行に及んだということのようです。栄一の見舞いに訪れた喜作(演・高良健吾)が大隈重信襲撃事件に触れていましたが、これが明治22年の事件です。爆弾を仕掛けられた大隈(演・大倉孝二)は右足を失う大けがをおいます。

A:明治14年の政変で下野した大隈ですが、立憲改進党を設立して反政府の立場を鮮明にしたうえで、明治21年に伊藤博文(演・山崎育三郎)内閣の外務大臣に就いていました。幕末に幕府と諸外国との間で交わされた条約改正問題で大隈の考えに反対する玄洋社の構成員による事件でした。

I:現代でもネット上では「売国奴」というフレーズが飛び交うことがありますが、当時は文字通り命がけだったんですね。

A:要人の襲撃事件が相次ぐなど、ゴタゴタと権力闘争が続いていた感のある明治政府ですが、明治27年の日清戦争は、明治天皇(演・犬飼直紀)が広島大本営にまでお出ましされるなど、結果的に挙国一致体制をとる契機になりました。栄一が明治天皇の大本営お出ましについて〈尊王そのもの〉と評価していたのが印象的でした。

I:劇中では触れられませんでしたが、日清戦争時の首相は伊藤博文。前週、明治18年に初代内閣総理大臣に就任したことに触れられていましたが、その後黒田清隆、松方正義などを経て第5代総理の立場でした。

A:日清戦争の際には栄一も民間からの寄付を募ったり、国債発行の相談に乗ったりと伊藤博文総理のブレーン的な動きを見せました。井上馨(演・福士誠治)、伊藤博文、渋沢栄一のグループは一貫して協調体制をとったようですね。前週の岩崎弥太郎(演・中村芝翫)の死で栄一と三菱の経済戦争は小休止となりました。一方で三菱と関係が深かった大隈が最初に外相になった際には岩崎弥太郎の女婿である加藤高明(後に首相)を秘書官に任命しています。

I:長州藩の伊藤、井上と劇中に登場しませんが薩摩藩の松方正義と渋沢栄一の「薩長渋」に対して肥前佐賀藩出身の大隈重信、土佐藩の地下浪人出身の岩崎弥太郎の「土肥」が鎬を削っていたと考えればわかりやすいですね。

嫡男篤二の素行問題に触れる理由

I:明治の政官財の事情よりも今週は渋沢家嫡男篤二(演・泉澤祐希)の素行がフィーチャーされ、渋沢家の「ファミリーヒストリー」の様相を呈しました。終盤の押し迫った段階で篤二の素行に尺を取りますか?と正直感じました。

A:なるほど。ただ同時に栄一が大阪から連れてきた妾の大内くに(演・仁村紗和)が栄一邸から立ち去る場面がありました。くに所生の文子(演・八木優希)の縁談が決まったのを契機にという展開でしたが、劇中では、その後のくにさんの動向が気になる展開でした。実際には、栄一の友人で歴史学者の織田完之(かんし)の後添えにおさまったらしいのですが、渋沢家の複雑な内情を顕わにする場面でもありました。私は篤二のこうした素行や大内くにのことに触れないと、栄一が「聖人君子」になってしまうので、必要な場面だったと思います。栄一は決して聖人君子だったわけではないですよ、と。

I:当時の渋沢家には、栄一と千代(演・橋本愛)との間に生まれた歌子(演・小野莉奈)と穂積陳重(演・田村健太郎)夫妻、琴子(演・池田朱那)と阪谷芳郎(演・内野謙太)夫妻と篤二がいましたが、後妻の兼子(演・大島優子)との間にも子供たちが生まれていました。加えてくにの間にも二女がいる。嫡男篤二があのように素行に不安があったとすれば、千代派と兼子派に別れて相続をめぐる争いが起きるかもしれないという不安があったかもしれません。

A:家督争いとは、江戸時代の大名家みたいな感じですが、それを未然に防ぐために栄一はどのような決断を下すのか?、その決断を劇中で描くのか、描かないのか。残りわずかではありますが、注目ポイントですね。

渋沢家では嫡男の篤二(演・泉澤祐希)の素行が問題になっていた。

●大河ドラマ『青天を衝け』は、毎週日曜日8時~、NHK総合ほかで放送中。詳細、見逃し配信の情報はこちら→ https://www.nhk.jp/p/seiten/

●編集者A:月刊『サライ』元編集者。歴史作家・安部龍太郎氏の『半島をゆく』を足掛け8年担当。かつて数年担当した『逆説の日本史』の取材で全国各地の幕末史跡を取材。
●ライターI:ライター。月刊『サライ』等で執筆。幕末取材では、古高俊太郎を拷問したという旧前川邸の取材や、旧幕軍の最期の足跡を辿り、函館の五稜郭や江差の咸臨丸の取材も行なっている。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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