大蔵省を辞職した渋沢栄一(演・吉沢亮)と慌てる三条実美(演・金井勇太)。

中村芝翫演じる岩崎弥太郎の登場で盛り上がった『青天を衝け』第32話。急ピッチで進む物語を振り返る。

* * *

ライターI(以下I):渋沢栄一(演・吉沢亮)の大蔵省辞任に際して、井上馨(演・福士誠治)と連名で出した建言書が新聞に全文掲載された様子が描かれました。『日新真事誌』の紙面が再現されていましたが、毎度、美術チームの芸の細かさには感嘆させられます。

編集者A(以下A):この騒動は、劇中コミカルに描かれていましたが、実際は、大問題に発展しました。栄一は入牢も覚悟したようですし、司法省臨時裁判所から贖罪金(罰金)三円のお達しを受けました。背景にあったのは、財政規律をめぐる対立。栄一と井上は、「国家への歳入がどのくらいあるかを調査したうえで歳出を決すべき」という主張をしていたわけですが、「予算」という概念があまり浸透していなかったのでしょう。各省から猛反発を受けて、「やってられるか!」となったのが今回『青天を衝け』で描かれた場面です。財政規律といえば、財務省事務次官が書いた月刊『文藝春秋』への寄稿が話題になったばかり。「財政規律」という面で、明治6年とほぼ同様の議論がなされているのが興味深いですが、財務省の次官も「やってられるか!」と啖呵を切って辞任したらもっと話題になったかもしれませんね。

I:井上、渋沢もまだ30代の少壮官僚ですから後先考えない熱量がありますが、財務次官は来年還暦を迎えようという方です……。そんな煽り方をしたら気の毒ですよ。

A:ただ、この井上、渋沢辞職の場面、3年前の『西郷どん』第42話を記憶されている方は「あれ?」と感じたかもしれません。『西郷どん』では、井上馨(演・忍成修吾)が「秋田の銅山を不正に手に入れて私腹を肥やした」と指摘され、西郷隆盛(演・鈴木亮平)に辞職を迫られるという流れでした。有名な尾去沢銅山汚職事件ですね。どちらの描き方が正しいのかといえば、どちらも間違っていないからややこしい(笑)。

I:教科書的にいうと「明治六年の政変」に至る過程を描写していますから、さまざまな暗闘が展開されていたということですね。

連盟で建言書を出した渋沢栄一(演・吉沢亮)と井上薫(演・福士誠治)。

長州の井上が長州の伊藤博文の意見を採用

I:第一国立銀行の開業が劇中に加え、『青天を衝け 紀行』でも紹介されました。

A:いわゆる中央銀行である日本銀行の設立に動き始めたのが明治14年ですから、日本銀行よりも栄一らの銀行の方が早く設立されたことになります。伊藤博文が亜米利加式の銀行を推す一方で、薩摩藩出身の吉田清成が英吉利式を推したそうです。井上馨は同じ長州出身の伊藤の意見を採用したという形になります。後年、渋沢も〈今日から考へて見れば、英吉利の制度の方が良いに違いない〉と述懐していますね。

I:英吉利式とは「Bank of England」のような中央銀行を中心にという考えですが、結局、主に伊藤博文の意見が採用されました。「長州閥」が決め手だったんでしょうね。

A:日本銀行設立を主導したのは、明治14年時の大蔵卿で薩摩藩出身の松方正義ですから、わかりやすいですよね。さて、栄一は後年、第一国立銀行について、「第一としたのは百までも千までも行こうという趣旨だった」と回想していますが、いわゆる「ナンバー銀行」は百五十三までつくられました。今でもそのままのナンバーで営業しているのは、十六(岐阜県)、七十七(宮城県)、百五(三重県)、百十四(香川県)などですね。長野県の八十二銀行は、六十三銀行と十九銀行の合併で63+19=82が由来というややこしいことになっています(笑)。

I:新潟県の第四銀行は今年合併して第四北越銀行になっちゃったんですよね。

A:紀行の中で気になったのは、第一銀行を源流のひとつとするみずほ銀行が所蔵する関連資料が〈非公開〉と表示されていたことですね。例年、ゆかりの地を抱える自治体が、劇中で取り上げられるか取り上げられないかで気をもんだり、関連資料を大々的に宣伝する様子に幾度も接している立場からいうと、なんともったいないと思いました。

政府のいうことを聞く商人として登場した岩崎弥太郎

実物と似すぎと話題の岩崎弥太郎(演・中村芝翫)。

I:政府のいうことを聞く商人、ということで岩崎弥太郎(演・中村芝翫)が登場しました。三井側の三野村利左衛門をイッセー尾形さんが演じていますから、はからずも三井vs三菱で、大物俳優の競演となりました。岩崎弥太郎は『龍馬伝』(2010年)では香川照之さんが演じて、その描写が汚なすぎるという意見も噴出しましたが、今回は、「似すぎだろ!」というほど本物に寄せてきました(笑)。

A:中村芝翫さんといえば、『毛利元就』(1997年)の主演が特に印象に残っていますが、家康や石田三成なども演じています。幕末がらみでは『獅子の時代』で、徳川昭武役も演じているのですよね。『青天を衝け』は渋沢目線ということで、岩崎弥太郎はヒール的な扱いになるのでしょう。後年、ふたりは経営観を巡って対立しますし。ところで、岩崎弥太郎の扱いを見て、制作陣の裏テーマが、「明治維新レジームの見直し」なのではないかと感じたことも付け加えたいと思います。

I:「明治維新レジーム」ですか?以前、安部晋三首相(当時)が「戦後レジームからの脱却」というフレーズを多用していたことは覚えています。

A:はい。明治新政府で渋沢栄一などの旧幕臣が重要な役割を担っていたことを描写することによって、従来の明治維新観の見直しを迫られた視聴者も多いかと思います。今回、「政府の意のままに動く商人」というセンシティブな表現で岩崎弥太郎を登場させたのは、やはり「明治維新レジームの見直し」を志向しているのではないかと連想したわけです。

I:確かに、三井、三菱のバトルやその暗闘の中で、小野組は没落していきますからね。もしほんとうに裏テーマが「明治維新レジームの見直し」だとしたら、けっこうNHKも攻め込んできますね。新政府の政策でいえば、謎の「廃仏毀釈」というのもありました。

A:鹿児島を取材した際に、薩摩藩主家の菩提寺「福昌寺跡」に歴代藩主の墓石のみが残る光景に「廃仏毀釈」の苛烈さを印象付けられたのを思い出します。

I:そうした謎の政策あり、藩閥間の暗闘あり、内実はゴタゴタしていたんですね。渋沢たち旧幕臣が新政府の根っこの部分をがっちり支えていたということを、改めて感じますね。

A:ただ注意しなければならないのは、渋沢栄一もその暗闘の渦中にいたということです。『青天を衝け』では主人公ですから、ダークサイドは描かれないでしょうが、井上馨や伊藤博文と親しい関係にあったことと、渋沢の成功は無縁ではありません。もし「渋沢嫌い」の大久保利通が明治11年に暗殺されなければ渋沢もどうなっていたことやら……。

スルーされた江藤新平梟首事件

I:大久保といえば、第32話では江藤新平(演・増田修一朗)の佐賀の乱がナレーションだけの登場になりました。これが明治7年です。私は大久保が江藤新平の首を晒したうえに、その写真を撮り、全国の県庁に配布したということを知った時の衝撃をいまだに忘れることができません。近代化を目指す新政府の方針に逆行する戦慄の出来事なのですが、さすがにそこまでは描写されませんでしたね。

A:前出の岩崎弥太郎の登場は、不平士族の不満を抑えるために台湾出兵を画策するという流れでした。内政の不満をそらすために外に「敵」を作るのは常套手段とはいえ、ここまでわかりやすく「解説」「可視化」されるとは驚きでした。

I:でも終盤に入って、展開が早くなってきました。佐賀の乱が起きたということは、西郷隆盛も下野しているわけですし……。あ、明治5年の鉄道開業もスルーされましたね(笑)。

A:喜色満面で新橋横浜間の汽車に乗り込む渋沢の姿、見たかったなぁ。

●大河ドラマ『青天を衝け』は、毎週日曜日8時~、NHK総合ほかで放送中。詳細、見逃し配信の情報はこちら→ https://www.nhk.jp/p/seiten/

●編集者A:月刊『サライ』元編集者。歴史作家・安部龍太郎氏の『半島をゆく』を足掛け8年担当。かつて数年担当した『逆説の日本史』の取材で全国各地の幕末史跡を取材。
●ライターI:ライター。月刊『サライ』等で執筆。幕末取材では、古高俊太郎を拷問したという旧前川邸の取材や、旧幕軍の最期の足跡を辿り、函館の五稜郭や江差の咸臨丸の取材も行なっている。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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