コンパニーと商売について力説する篤太夫(演・吉沢亮)。

商法会所を設立する渋沢篤太夫(演・吉沢亮)、箱館で最期を遂げる土方歳三(町田啓太)、伊藤博文(山崎育三郎)ら新政府の面々……。第27話も盛りだくさんな内容だったが……。

* * *

ライターI(以下I):第27話も盛りだくさんでした。水戸の徳川昭武(演・板垣李光人)のもとに返書を届けたいという篤太夫(演・吉沢亮)を、大久保一翁(演・木場勝己)駿府に留めようとしていました。

編集者A(以下A):水戸藩は「尊王攘夷」ということでは時代に先駆けましたが、先鋭化というか純化というか、維新後は対立する党派同志の粛清の応酬で人材が枯渇したといわれます。駿府でいわれたように、水戸に行っていたら渋沢も平岡円四郎(演・堤真一)のようになるというのは誇張ではないと思います。民部公子(昭武)がつぶやいた「水戸は新政府では蚊帳の外」という台詞は当時の情勢を的確に言い表していました。それだけ水戸の抗争は激しかった。

I:旧幕府軍が新天地を築くべく北行した箱館(現函館)を拠点にしました。五稜郭での戦いが結構な尺をとって描かれました。

A:『青天を衝け』では、徳川慶喜(演・草彅剛)の謹慎時のやつれ具合は印象的に描かれています。箱館の描写は渋沢成一郎(演・高良健吾)の動向を追うと同時に、土方歳三の最期が印象的に描かれました。

I:土方歳三の最期でいうと、2004年の大河ドラマ『新撰組!』では本編で榎本武揚を演じたのが草彅剛さんでした。

A:懐かしいですね……。さて、今回の『青天を衝け』を見て、渋沢栄一と土方歳三を対比して見つめてしまいました。ともに農村から武士身分になったふたりですが、一方は能吏として、一方は武士よりも武士らしい存在になりました。両人ともしがらみの少ない立場ですが、維新後の人生は対照的です。

I:もし土方歳三が明治以降も生きながらえていたらどうなっていただろうかと、考えてしまいました。でも、どう考えても維新後の土方のイメージが湧かない。それは絶対にありえないことだったんでしょうね。〈新撰組の名を汚せない〉〈あの世で胸を張って友と酒を酌み交わしたい〉のセリフがとても切なくて……。

A:個人的には、〈あの世で近藤さんと酒を酌み交わしたい〉と言って欲しかったですけどね。土方自身、生かされることはないと本人は強烈に自覚していたでしょうし、生かしてもらおうとも思っていなかったでしょう。最期はただひたすら死に場所を求めていたはずです。ここでやはり思い出されるのは、司馬遼太郎の『燃えよ剣』の最期のくだりです。官軍兵に名を問われた土方の台詞……。

I:〈新撰組副長、土方歳三――〉ですね。

A:胸に迫りますし、思い出すだけで涙腺ゆるみます。『燃えよ剣』のこのくだりを函館で読むと感動ひとしおです。数回前から触れていますが、さらに江差まで足を伸ばしてほしいです。『サライ』2016年4月号の特集記事にはこうあります。〈開陽丸から車で約5分。江差を一望する高台に立つ旧檜山爾志郡役所の前には「嘆きの松」がある。蝦夷地まで転戦してきた土方歳三が、沈みゆく開陽丸を眺めながら松の幹に拳を叩きつけ、嘆息したという伝承がある。松の傍らに立ち、海を眺める。開陽丸の沈没地点は指呼の距離だ。「あそこが徳川の墓標」――。そう想うと胸が熱くなった〉

箱館での渋沢成一郎(左/演・高良健吾)と土方歳三(演・町田啓太)。

優秀で真面目な幕臣の葛藤

I:第27話では、コンパニ―を作るといわれて戸惑う武士、商人たちの姿が描かれましたが、当然ですよね。もし、すんなり渋沢の提案を受け入れる素地があったならば、そもそも幕府は倒れなかったでしょう。でも決して彼らを責められない。時代の変革期にはこういうことがあちらこちらで起きていたでしょうし、現在でも知らず知らずのうちにそうした攻防が展開されているかもしれない。駿府に来た旧幕臣たちも優秀で真面目な人たちが大勢いたと思います。ただ、真面目なだけに時代の急激な変化についていけない、という様子が描かれました。

A:旧幕時代の「真面目」とは「朱子学の教えに忠実」ということ。そのため「商いはいやしきもの」という考えも支配的でした。ですから現代の私たちが想像できない相当な葛藤があったかと思います。

I:今回は、そうした葛藤が印象的に描かれていたと思います。

A:正直、今、大きな時代の変革が起きた時に、その流れについていけるか自信がありません(笑)。しがらみのなかった渋沢栄一は動きやすかったでしょう。変に名門旗本だったり大身旗本だったりすると優秀でもしがらみから脱せない。

I:そうした中で、川村恵十郎(演・波岡一喜)が刀を預けて、そろばんをはじく姿が印象的で、感動的ですらありました。こうした旧幕臣の一部は牧之原を開拓して日本茶の生産に携わりました。お茶所静岡の名声は旧幕臣も寄与したということです。

A:駿府に移った旧幕臣もたいへんだったと思いますが、それ以上に熾烈を極めたのが下北半島に移った旧会津藩の人たちです。1980年の大河ドラマ『獅子の時代』では、旧会津藩士の下北での過酷な暮らしが描かれていましたが、今回の『青天を衝け』とは直接関係がない。でも、敢えて言いたい。真冬の下北での暮らしは相当堪えたと思います。廃藩置県の後に下北半島を離れた旧藩士も多いですが、下北半島には多くの末裔の方が残っていらっしゃる。

I:『サライ』連載「半島をゆく」では末裔の方々に取材していました。

A:はい。敢えて厳寒の2月に取材しました(笑)。下北半島編を収録した単行本もこれから編集を開始しようというところですが、末裔の方々のお話を聞いて、「まだ歴史は終わっていない」と思ったのが印象に残っています。末裔の方で農業を続けていらっしゃる方がいて、その方が手がけるブランドかぼちゃ「一球入魂かぼちゃ」のことがずっと気になっています。

歴史は勝者によってつくられる

I:終盤では、伊藤博文、大隈重信(演・大倉孝二)、五代友厚(演・ディーン・フジオカ)などが一堂に会する場面が登場しました。

A:この場面、新政府、旧幕府どちらの視点に立つかで見方が変わると思うのです。旧幕府側の目線で考えると、文久2年(1863)に英国公使館を焼き討ちした伊藤博文が新政府の有力者になっているっていうのが、やっぱり納得がいかない、ということになる。

I:旧幕臣の視点に立てば、世情を不安に陥れた人物が10年もたたずに国家の有力者になったということですね。まあ、「国家を貶めるテロ行為」とみなすか「旧弊に陥った幕府を倒すことは正義」とみなすかは、「歴史は勝者によってつくられる」の定石からいうと後者なんでしょうね。旧幕臣の中には、「そんな奴らが牛耳る新政府に協力できるか」って人もたくさんいたんだろうなあ。

A:やっぱり時代の変革期というのは、悲喜こもごもの人間模様が繰り広げられますね。あの場面では、大隈重信夫人の大隈綾子(演・朝倉あき)の存在が目を引きました。小栗上野介(演・武田真治)の親戚にあたる女性です。大隈重信とは生涯仲睦まじく、しかも賢夫人として知られています。原田伊織氏の著書『消された「徳川近代」明治日本の欺瞞』(小学館)の受け売りですが、そうした縁もあり、大隈重信は「明治の近代化はほとんど小栗上野介の構想の模倣に過ぎない」と喝破しています。

I:小栗が手がけた横須賀製鉄所が台詞に出てきましたもんね。さて、渋沢は、そうした新政府の面々に請われることになるわけですが、葛藤があったのかなかったのか、そしてそれがドラマではどのように描かれるのか興味深いですね。

すっかりやつれてしまった駿府の徳川慶喜(演・草彅剛)。

●大河ドラマ『青天を衝け』は、毎週日曜日8時~、NHK総合ほかで放送中。詳細、見逃し配信の情報はこちら→ https://www.nhk.jp/p/seiten/

●編集者A:月刊『サライ』編集者。歴史作家・安部龍太郎氏の『半島をゆく』を担当。かつて数年担当した『逆説の日本史』の取材で全国各地の幕末史跡を取材。函館「碧血碑」に特別な思いを抱く。
●ライターI:ライター。月刊『サライ』等で執筆。幕末取材では、古高俊太郎を拷問したという旧前川邸の取材や、旧幕軍の最期の足跡を辿り、函館の五稜郭や江差の咸臨丸の取材も行なっている。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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