「職人尽絵詞」より(国立国会図書館蔵)

「職人尽絵詞」より(国立国会図書館蔵)

文/車浮代(江戸料理・文化研究家)

現代では、基本的に1日3食が当たり前ですが、これが定着したのは江戸時代・元禄期(1688~1704年)以降のこと。江戸中期に、さまざまな産業の生産性が高まり、流通が盛んになるまでは1日2食が普通だったのです。

ではなぜ江戸中期になって、食事の回数が増えたのでしょうか? その理由としては2つの大きな社会環境の変化が考えられます。どういうことか、以下にご紹介しましょう。

1.大火からの復興

もともと公家の世界では、朝食をお昼くらいに、夕食を夕方4時頃にとっていました。また庶民も、朝早くから起きてひと仕事終えたあとに朝飯を食べ、仕事の合間に遅い昼飯を食べていました。時間帯こそ違いますが、身分の上下に関係なく、等しく2食だったのです。

それが、一説によれば、1657年に江戸を襲った「明暦の大火」の後、町を復興するために、各地から大工、左官屋などの職人たちが集まってきたことで、食を取りまく事情が変化したと考えられています。

彼らは肉体労働者ですから、当然1日2食ではお腹が減ってもちません。とはいえ、いちいち食事のために家に帰ってもいられないので、江戸のあちこちに屋台や飯屋ができるようになり、にわかに外食産業が栄えたのです。

また、復興のために働いていた職人に、正午過ぎにも食事を出すようになったのがきっかけだった、とも言われています。

そのほか、戦国時代に戦いに明け暮れる武士たちが、体力をつけるため1日3回食事を取っていた生活習慣が、庶民にも浸透したのがだいたい江戸時代の中頃だったという説もありますが、浸透までに100年以上というのは、いささかかかり過ぎの気もします。いずれにしても江戸中期以降、日本人の間で徐々に「1日3食」が当たり前になっていったのです。

2.菜種油の普及

また、物流がよくなったおかげで、照明用の菜種油も広く出回るようになり、起きている時間が長くなったというのも、1日3食となった一因です。

それまで下層階級では、「行灯」(あんどん)に魚油を使っていましたが(怪談に出てくる化け猫が行灯の油を舐めるのは、魚の脂だからです)、これがまたとんでもなく臭く、部屋も煤けてしまうという代物でした。といって、菜種油を使いたくても、こちらは食用になるくらいに上質で、「菜種油一升で米が二升買える」といわれるほど値段が高かったので、裕福な家は別として、庶民は日暮れとともに寝てしまうのが賢明な選択でした。

しかし菜種油の値下がりに伴い、庶民も買いやすくなると、夜なべ仕事や夜遊びなどもできるようになりました。となると当然、寝るのが遅くなり、1日の稼働時間も増えるので、やはり1日2食ではもちません。そこで朝・昼・晩と3食とるようになった、というわけです。

*  *  *

以上、江戸中期になって日本人の食事が「1日3食」となった主な2つの理由をご紹介しましたが、いかがでしょうか?

1日3食になったこと、および外食産業が発達したことで、江戸の人びとにとっての食の楽しみはぐんと広がりました。いろいろな店ができれば、「今日はあそこに行こう」、「いや、あっちの店の方が旨いよ」などという選択の幅も増えので、家庭料理だけでは、そういう心弾む食文化はなかなか広がっていかなかっただろうと思います。

さらに時代が進み、江戸っ子たちは文化元年以降、グルメランキングならぬ料理屋番付を発行し始めました。実にフランスで「ミシュラン・ガイド」が刊行される100年以上前のことで、店々が味を競うことで、食文化がさらに発達したと言えます。

このように、江戸時代が日本人の食文化にもたらした変化は、非常に大きなものでした。

文/車浮代(くるま うきよ)
時代小説家/江戸料理・文化研究家。セイコーエプソン㈱のグラフィックデザイナーを経て、故・新藤兼人監督に師事し、シナリオを学ぶ。現在は、江戸時代の料理の研究、再現(1000種類以上)、監修と、江戸文化に関する講演のほか、TVやラジオのレギュラーも。著書に『江戸の食卓に学ぶ』『江戸おかず12カ月のレシピ』『免疫力を高める最強の浅漬け』(藤田紘一郎教授と共著)『1日1杯の味噌汁が体を守る』『天涯の海 酢屋三代の物語』など多数。小説『蔦重の教え』はベストセラーに。2022年正月、西武鉄道「52席の至福 江戸料理トレイン」料理監修。http://kurumaukiyo.com

※本文は下記書籍より転載しました。転載にあたり、一部改変・割愛しました。(編集部)

『江戸の食卓に学ぶ〜江戸庶民の“美味しすぎる”知恵』
著/車浮代
ワニブックス刊

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