昨今、和食に注目が集まっていますが、和食のルーツ・江戸時代の食文化についての解説はほとんどありません。時代小説家で江戸料理・文化研究家の車 浮代さんに、現代人が知っておきたい江戸の食事情について教えていただきましょう。

居酒屋でお通しが出た後に、「とりあえず刺身。盛り合わせで」とオーダーするケースは少なくありません。連綿と続く、日常のそのような情景を思い浮かべてみても、日本人が昔から、生もの好きだということがわかります。

とはいえ、高温多湿な日本で、冷蔵庫の無い時代に生ものを食べるには、さまざまな工夫が必要であったことは、想像に難くありません。

人々は四季の移り変わりを愛し、次の季節の訪れを待ち焦がれるかのように、旬の素材そのものの味を楽しんだのです。

では、生の魚介類を美味しくいただくには、どのような工夫があったのでしょうか? 江戸時代の刺身の毒消し法についてご紹介したいと思います。

現代の付け合わせが当時の“毒消し”だった

意外なことに、江戸時代に「魚の毒を消す薬味」の筆頭と考えられていたのは、「大根おろし」です。

元禄10年(1697年)に刊行された『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』という食材事典には、「大根は……(中略)……魚肉の毒・酒毒・豆腐の毒を解する」という記述があります。

また、江戸後期に書かれた『守貞謾稿(もりさだまんこう)』という百科事典のような風俗随筆には、「鯛・鮃には辛味噌あるいはわさび醤油を用い、鮪・鰹等には大根おろしの醤油を好しとす」と書かれています。

江戸っ子は、刺身にも大根おろしを添えていたのです。現代の感覚では、大根おろしは焼き魚の付け合わせ、といったイメージがありますので、意外に思われるのではないでしょうか。

現代と違う“刺身のつま”の役割

刺身のつまについての考え方も、今とは随分違います。

現代人のなかには、大根などの代表的なつまを食べない人も決して少なくはありません。「食べるべきか、残すべきか」という論争もあるくらいで、非常に曖昧な存在です。

ところが『守貞謾稿』に「江戸、刺身添え物、三、四種を加う。糸切大根、糸切うど、生紫海苔、生防風、姫蓼(ひめたで)。粗なる物には黄菊、うご(海藻のオゴノリの異名)、大根おろし等を専らとす」と書かれていることから、江戸時代にはつまを数種類組み合わせており、臭みを取り、消化を促し、毒を消す効果を狙っただけでなく、箸休めとして楽しんでいたことがわかります。

また、山葵(わさび)、生姜、葱、梅干し、紫蘇、蓼、胡椒、辛子などの薬味も、古くから毒消しの効果があるとされていました。薬味の効能は現代でも注目されていますが、江戸時代の人々は、すでにその効能を知っていたのです。

調味料についても同様です。発酵食品でもある酒、酢、醤油、味噌にも毒消しの効果があることが知られていました。

前述した『本朝食鑑』の醤油の項には、「一切の飲食および百薬の毒を殺す。台所には一日たりとも無くてはすませることはできないものである」とあります。

味噌汁の毒消し効果は昔からいわれていた

さらに注目すべきは同書の味噌の項。

「大豆の甘、温は気をおだやかにして腹中をくつろげ、血を活かし、百薬の毒を解す。麹の甘、温は胃に入って、消化を助け、元気を運び、血のめぐりを良くする。痛みを鎮めて、良く食欲をひきだしてくれる。嘔吐をおさえ、腹下しをとめる」とあります。

朝の味噌汁に毒消し効果があることは近年も話題になっていますが、それは江戸っ子にとっても周知の事実。「味噌汁は朝の毒消し」、「味噌汁は医者殺し」、「味噌汁は不老長寿の薬」などといわれ、江戸っ子は毎日口にしていました。

ちなみに、我が国の伝統的な粗食の献立とされる「一汁一菜」の「汁」は、主に味噌汁のことを指しています。粗食でも、栄養価の高い味噌汁があれば健康維持が可能だと考えられていたからです。

現代の食生活のルーツが江戸時代にある

さて発酵食品と言えば、完全栄養食品である大豆を、発酵の力でより栄養豊富にした「納豆」があります。

日常の食生活に取り入れている方も多いと思われますが、江戸時代は関西も含め、毎日の食事に書かせない食材でした。
『本朝食鑑』には、この納豆についても「腹中を整え食を進め、毒を消す」との表記があります。

江戸時代の人々は、日常的に味噌汁を飲み、納豆や酢の物、醤油味のおかずを食べており、当時から「体内の毒消し」という概念が存在したことがわかります。

和食が世界一理想的な健康食と言われるのも、毒消し効果を活用しながら食文化を築いて来た、先人たちのおかげです。
詳細は、私の著書『江戸の食卓に学ぶ〜江戸庶民の“美味しすぎる”知恵』に、また味噌については『1日1杯の味噌汁が体を守る』により詳しく書いてありますので、ぜひご一読ください。

指導/車浮代(くるま うきよ)
時代小説家/江戸料理・文化研究家。セイコーエプソン㈱のグラフィックデザイナーを経て、故・新藤兼人監督に師事し、シナリオを学ぶ。現在は、江戸時代の料理の研究、再現(1000種類以上)、監修と、江戸文化に関する講演のほか、TVやラジオのレギュラーも。著書に『江戸の食卓に学ぶ』『江戸おかず12カ月のレシピ』『免疫力を高める最強の浅漬け』(藤田紘一郎教授と共著)『1日1杯の味噌汁が体を守る』『天涯の海 酢屋三代の物語』など多数。小説『蔦重の教え』はベストセラーに。2022年正月、西武鉄道「52席の至福 江戸料理トレイン」料理監修。http://kurumaukiyo.com

文・構成/印南敦史

【参考図書】
『江戸の食卓に学ぶ〜江戸庶民の“美味しすぎる”知恵』(車浮代・著、ワニブックス)
『1日1杯の味噌汁が体を守る』(車浮代・著、日本経済新聞出版社)

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世界無形文化遺産にも登録された「和食」のルーツは江戸時代にあった!
庶民のおかずとして発展した、粋でエコでヘルシーな「江戸料理」を『蔦重の教え』ほかで人気の時代小説家・車浮代さんが徹底解説。江戸料理の発祥から、江戸っ子たちの食生活、蕎麦、うなぎ、鮨、天ぷらなど、当時世界一発達していた外食産業、グルメガイドやレシピ本の隆盛ぶりなど、貧しくても、とても豊かだった「江戸の食」の魅力を伝える一冊です。

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