昨今、和食に注目が集まっていますが、和食のルーツ・江戸時代の食文化についての解説は多くはありません。そこで、時代小説家で江戸料理・文化研究家である車 浮代さんに、現代人が知っておきたい江戸の食事情について教えていただきましょう。
文/車 浮代(江戸料理・文化研究家)
大ヒット商品「豆腐バー」は精進料理?
長引くコロナ禍で、運動不足と肥満を解消すべく、筋トレやダイエットに励む方が増えています。健康的な身体づくりには、高たんぱく&低カロリーな食事が理想とされており、近年は「サラダチキン」が大ブームとなりました。
さらにサラダチキンを片手で食べられるように加工した「サラダチキンバー(または、スティック)」なるものが人気となり、今度はほぼ同形状で、たんぱく質がサラダチキンの2.5倍という「豆腐バー」が、発売1年で1,000万本以上の売り上げとなっているそうです。
開発の背景には、豆腐の消費を増やしたいという生産者側の思いがあったようですが、安価でヘルシーで食べやすいと、消費者のニーズに合って大ヒット。大豆ミートで作った唐揚げやハンバーグも、ずいぶんポピュラーになってきました。
さて、肉に似せて大豆加工品を作るというのは、精進料理の手法と同じです。ですが大きく違うのは、精進料理は健康志向ではなく、禁忌から生まれた料理であるということです。
精進料理とは?
精進料理は、仏教の戒律に即し、修行僧が食べていた料理です。殺生を禁じる「三厭(さんえん)」(獣、鳥、魚を食べないこと)と、臭いがきつく、煩悩を刺激する「五葷(ごくん)」(ニンニク、ニラ、ネギ、玉ねぎ、らっきょう)を避け、「精進物」と呼ばれる穀物、野菜、海藻、木の実、果物などを食べていました。
日本では、鎌倉時代初期に当たる1227年、曹洞宗を興した禅僧の道元が、南宋から帰国した際に「精進料理」を持ち帰ったとされています。
その後、江戸時代初期の1661年、中国の禅僧・隠元が黄檗山萬福寺を開山した際、精進料理を中国式にアレンジした「普茶(ふちゃ)料理」がもたらされました(干し椎茸で出汁をとる方法も、この時伝わりました)。
葛と植物油を多用し、調理法に凝ったおもてなし料理で、現在の中華料理のように、座卓に乗った大皿料理を取り分けていただくのが特徴です。
満足度を上げるために生まれた「もどき料理」
この時、肉類を使わなくても満足できるようにと「もどき料理」が開発されました。刺身代わりの「胡麻豆腐」、雁の肉に似せた「雁擬(がんもどき)」、鴫(シギ)の肉に似せた「茄子の鴫焼」、雉子(キジ)の肉に似せた「雉子焼」、こんにゃくで作った「狸汁(たぬきじる)」などです。
特に江戸時代中期の1782年にベストセラーとなったレシピ本『豆腐百珍』と、翌年発売の『豆腐百珍続篇』には、豆腐で作ったいくつもの「もどき料理」が登場します。蜆(しじみ)に似せた「しじみもどき」、鮎に似せた「鮎もどき」、竹輪に似せた「竹輪豆腐」、蒲鉾に似せた「かまぼこ豆腐」、鰻の蒲焼に似せた「鰻豆腐」など。
ふざけているように見えるかも知れませんが、元々『豆腐百珍』は、飢饉に備え、米の代わりに豆腐が主食にならないかと考えて生まれた、高い志のレシピ本です。私自身はお米派ですが、糖質制限が必要な方にはピッタリなのかも知れません。
<参考書籍>
『江戸の食卓に学ぶ〜江戸庶民の“美味しすぎる”知恵』
著/車 浮代 ワニブックス刊
『江戸の食卓に学ぶ〜江戸庶民の“美味しすぎる”知恵』 車 浮代 著
ワニブックス
指導/車 浮代(くるま うきよ)
時代小説家/江戸料理・文化研究家。セイコーエプソン㈱のグラフィックデザイナーを経て、故・新藤兼人監督に師事し、シナリオを学ぶ。現在は、江戸時代の料理の研究、再現(1000種類以上)、江戸文化に関する講演、NHK『美の壺』その他のTV番組や、TBSラジオのレギュラーも。著書に『江戸の食卓に学ぶ』『免疫力を高める最強の浅漬け』(藤田紘一郎教授と共著)『1日1杯の味噌汁が体を守る』『天涯の海 酢屋三代の物語』など多数。小説『蔦重の教え』はベストセラーに。2022年正月、西武鉄道「52席の至福 江戸料理トレイン」料理監修。http://kurumaukiyo.com