写真: 車 浮代

昨今、和食に注目が集まっていますが、和食のルーツ・江戸時代の食文化についての解説は多くはありません。そこで、時代小説家で江戸料理・文化研究家である車 浮代さんに、現代人が知っておきたい江戸の食事情について教えていただきましょう。

文/車 浮代(江戸料理・文化研究家)

一日たりとも欠かしてはいけない香の物

天保七(1836)年、江戸の小田原屋という香の物屋の主人によって書かれた『四季漬物塩嘉言(しきつけものしおかげん)』という、漬物だけのレシピ集があります。塩、味噌、醤油、粕、麹、ぬかなどを使った、六十四種類もの漬け方が紹介されており、「浅漬」「沢庵漬」「梅干漬」「奈良漬」といった定番の漬物から、青柿を酒粕に漬けた「柿粕漬」や、一夜干しした瓜や茄子を丸ごと納豆に漬けた「精舎納豆漬」などという変わり種も掲載されています。

本書の序文には、
・ 香の物は日常食で一番必要なもので、どんな家でも欠かしてはいけない
・ どのようなご馳走や珍味があろうとも、香の物がついていなければお座敷遊びに祝儀がつかないようなもので、年中心がけて蓄えておくべきもの
・ 美味しい漬物はその家の吉祥。節約にもなり、周囲から羨ましがられる
といったことが書かれており、この頃の漬物の浸透ぶりが伺えます。

ぬか漬けの発明が「江戸わずらい」を消した

「江戸わずらい」とは、地方では見られず、江戸の町だけで発症した奇病です。食欲不振、倦怠感、足のむくみや痺れが起き、動悸息切れがし、時には死に至ることもある病で、患者に富裕層が多かったため「贅沢病」とも呼ばれていました。

原因不明とされたこの病の正体は「脚気(かっけ)」です。今でこそ、ほとんど耳にすることはなくなりましたが、半世紀前までは珍しい病気ではありませんでした。

原因は、ビタミンB1の欠乏によるもの。年貢米が集まる江戸の町では、白米が食べられることを自慢にしており、玄米や雑穀に含まれるビタミン類を摂取しなかったことによる疾患でした。精米されて排除された米ぬかには、実に玄米の栄養分の95%が含まれていたのです。

大量に出る米ぬかで、江戸っ子たちは肌を磨き、畑の肥料として使っていましたが、元禄の頃から、野菜や魚の漬け床(どこ)として活用し始めました。味噌や麹と違い、搗き米屋からタダ同然で分けてもらえる米ぬかに、塩と水を加えて作る「ぬか床」はとても経済的で、毎日手入れをすれば、末代まで持ちます。

さらにぬか床の中には、雑菌を殺して腸の善玉菌を増やす「植物性乳酸菌」と、大腸に届いて善玉菌の増殖を助ける「酪酸菌」、香気成分を作る「産膜酵母」という、発酵を促し腸活につながる三つの微生物が息づいています。

主な栄養成分は、野菜本来が持つ栄養素に加え、
・ 疲労回復効果があり新陳代謝を促す「ビタミンB1」
・ 細胞の酸化による老化を防ぐ「ビタミンE」
・ 血液中のコレステロールを減らす「γ-オリザノール」
・ 毒素を排出する「フィチン酸」
・ 高血圧を抑える「フェルラ酸」
と、アンチエイジング効果は絶大です。

それまでは塩で漬けた漬物が主だったため、白米食いの江戸っ子にとってぬか漬けは、足りない栄養素を補給する救世主でもあったのです。庶民の間でぬか漬けはあっという間に広がり、全国で漬けられるようになりました。昭和初期までは、母親のいる家庭にぬか床があるのは普通のことで、嫁入り道具にもなったほどです。

簡単便利で経済的な「米のとぎ汁漬け」のススメ

冷蔵庫がある現在、ぬか漬けと同等の栄養価を持ち、もっと簡単で便利な漬物があるのをご存知でしょうか? 
普段は捨ててしまう米のとぎ汁で作る「米のとぎ汁漬け」です。

精米方法が荒いため、江戸のとぎ汁は牛乳のように濃厚でした。人々はこのとぎ汁で、野菜や山菜のアクを抜き、洗髪剤、洗顔料、美容液にし、掃除、洗濯、家具磨き、植木の肥料にと、余すところなく活用していました。

「米のとぎ汁漬け」がいつ頃から作られていたかも、呼び名も定かではありませんが、戦前の山村部で作られていたという記録が残っています。山菜などを大きな瓶で漬けたものを、流し台の下に常備していたそうで、代々伝わる保存法であったようです。

米のとぎ汁に、ミネラル分が豊富な天然塩を溶かし、そこにカットした野菜を漬けておくだけで、野菜についた乳酸菌が、米のとぎ汁に含まれる糖質を餌に発酵し、乳酸菌が増殖して腐敗菌を殺すため、長期保存が可能になります。
野菜をそのまま保存して、栄養分を減らしてしまうより、よほど画期的な方法と言えるでしょう。

原理は「糠漬け」や韓国の「水キムチ」と同様の乳酸発酵食品ですが、手軽さと多彩さ、何より様々な料理の素材として応用できる点は、ほかの漬物にはないメリットだと言えます。

低い温度でゆっくりと発酵させることで、カットした野菜がフレッシュなまま保存できるため、料理へのアレンジが可能です。調理の際は容器から出して、和える、炒める、蒸す、煮るなど、そのつど野菜を下ごしらえする必要がないので、時短になり、野菜の摂取量が増えます。

漬ける際も、ほかの漬物のように、保存容器を乾燥&消毒させる必要はなく(乳酸菌が腐敗菌に勝つため)、洗った野菜の水気を切る必要もありません(とぎ汁に漬けるため)。ズボラな人間でも簡単にできてしまいます。

これを長く漬けていると、乳酸発酵が進み、野菜が糠漬けに似た味に変化します。ぬか漬けだと、多くの乳酸菌を含んだ糠を洗い落としてしまいますが、米のとぎ汁漬けは、漬け汁が染み込んだものを食べるため、たっぷりの乳酸菌と食物繊維が大腸に届くこととなります。

漬けるのにオススメな食材は、キャベツ、ニンジン、玉ねぎ、白菜、ニラ、らっきょう、ミョウガ、オクラ、プチトマト、長芋、青梗菜、ブロッコリー、きのこなど。

薬味を漬けるのも便利です。土生姜は皮ごと漬けておき、必要な分量だけすりおろし、残りを漬け汁に戻せば、使い切れずにしなびさせることがなくなります。ネギ、エシャロット、玉ねぎ、山芋などは刻んで漬けておけば、そのまま各種料理のトッピングに使えます。

「米のとぎ汁漬け」の発酵パワーで免疫力を高め、健康寿命をのばす

「米のとぎ汁漬け」が免疫力を高めるのは、多くの植物性乳酸菌が、生きたまま腸に届けられるからです。乳酸には腸内を酸性にし、外から侵入してきた病原体を攻撃したり、腸内の悪玉菌が異常に増えるのを防いだりする働きがあります。

しかも乳酸菌は、発酵によって食材の栄養分を小さな分子に分解してくれます。この働きが胃腸の消化を促進し、ビタミンや酵素など、人体の働きに欠かせない栄養素の量も増えるため、免疫力を高めることに繋がります。

免疫には大きく三つの働きがあります。
1.新型コロナウイルスやインフルエンザ、風邪などの感染症を防ぎ、治す「感染の防衛」
2. 疲労や病気を防ぎ、回復させ、ストレスに強い体をつくる「健康の維持」
3.新陳代謝を活発にし、細胞の若返りを促す「老化の予防」

新型コロナウイルス感染による症状の差は、免疫力の差にほかなりません。免疫力を上げれば、コロナにかかりにくく、たとえかかっても重症化しにくいのです。世界各国の人口に対するコロナ患者の割合で、日本や東南アジアが少ないのは、多くの発酵食を日常的に口にしているからだと考えられます。

江戸の人々の生活を見習って、毎日の食事に漬物を添えることをお勧めします。
まずは手軽に「米のとぎ汁漬け」から始めてみてはいかがでしょうか?

【米のとぎ汁漬けの作り方】


1.二洗目か三洗目の濃い米のとぎ汁200mlに対し、天然塩(海塩や岩塩)を小さじ1杯(6g)入れて溶かす。保存容器の大きさで漬け汁の量は変わるため、食材がヒタヒタになる量を、この割合で作る。
2.好みの野菜を切って、保存容器に入れる。野菜は数種類混ぜてもよい。
3.野菜がかぶるまで、たっぷりの漬け汁を2に注ぐ。野菜が浮いてくるときは「落としラップ」などをして、完全に浸るようにする。
※キノコ類やブロッコリーなど、火を通して食べるものは、漬け汁で茹でてから容器に入れて冷ます。
4.冷蔵庫で保存する。

出典:『免疫力を高める 最強の浅漬け』(マキノ出版)
https://www.makino-g.jp/book/b528975.html

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指導/車 浮代(くるま うきよ)
時代小説家/江戸料理・文化研究家。セイコーエプソン㈱のグラフィックデザイナーを経て、故・新藤兼人監督に師事し、シナリオを学ぶ。現在は、江戸時代の料理の研究、再現(1000種類以上)、監修と、江戸文化に関する講演のほか、TVやラジオのレギュラーも。著書に『江戸の食卓に学ぶ』『江戸おかず12カ月のレシピ』『免疫力を高める最強の浅漬け』(藤田紘一郎教授と共著)『1日1杯の味噌汁が体を守る』『天涯の海 酢屋三代の物語』など多数。小説『蔦重の教え』はベストセラーに。2022年正月、西武鉄道「52席の至福 江戸料理トレイン」料理監修。http://kurumaukiyo.com

 

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