文/印南敦史

自営業者などは別としても、長らく勤め人として生きてきた人にとって、「定年後をいかに生きるか」は切実な問題だろう。あって当然だった会社という環境がなくなり、生活スタイルも大きく変わる以上、生き方そのものを見なおさなくてはならないからだ。

そう考えると、『定年後 – 50歳からの生き方、終わり方』(楠木 新著、中公新書)が売れているという話にも十分納得できる。それだけ、定年後に不安を抱えている人が少なくないということである。

著者は、大手生命保険会社で経営企画、支社長などを経験してきたという人物。2015年に定年退職し、現在は「働く意味」をテーマに掲げ、取材・執筆・講演に取り組んでいるのだという。

人生は後半戦が勝負

私が「定年後」について関心を持ってから15年になる。実は47歳の時に会社生活に行き詰って体調を崩して長期に休職した。その時に、家でどう過ごしてよいのかが分からなかった。(中略)

私は休職した時に、自分がいかに会社にぶら下がっていたかを痛感した。同時に、個性や主体性の発揮は他人がいて初めて成立するものであって、独りぼっちになれば何もできないことを学んだ。

長時間かけて社員全員が朝の9時なり10時なりにオフィスに集まるということ自体、すごいシステムなのだとよく分かったのである。当時は40代後半だったので、まだまだ定年後までは考えが及んでいなかった。しかしこのままでは退職後は大変なことになるだろうという予感は十分すぎるくらいあった。(本書「プロローグ 人生は後半戦が勝負」より引用)

そこで著者は定年に関する書籍を読み漁り、定年で退職した先輩数人に話を聞く。その結果、「会社の仕事だけではなく何かをやらなければならない」という気持ちが生まれていったのだそうだ。そこで試行錯誤の末、会社員とフリーランスの二足のわらじを履き、50歳から執筆活動に取り組むようになったのである。

加えて企業から研修を頼まれることも多くなったというので、本人が認めているように、休職が思いもかけず定年後の予行演習になったということだ。

ところで印象的なのは、こうしたプロセスを経て訪れた定年退職日についての記述である。

まっすぐ家に帰ると、妻が「ご苦労さま」と迎えてくれた。持ち帰った私物と花束を机の上に置いて着替えをしていると、宅配便の配送員がチャイムを鳴らした。妻が印鑑を持って取りに行き、3歳違いの妹が贈ってくれた大きな花束を持って戻ってきた。

添えられたメッセージカードには、家族を養うため我慢して会社勤めを全うしたことへの労いがあり、妻のおかげだから感謝して定年後も仲よく過ごしてほしいと書いてあった。

それを読んだ時に、こみ上げてくるものを抑えきれず、思わず声を上げて泣いてしまった。(本書8ページより引用)

心に訴えかけてくるいい文章だが、実際のところ著者だけでなく、退職日のことを鮮明に覚えている人は多いのだそうだ。そしてほぼ例外なく全員が、そこから定年後の人生をスタートさせ、幾多のハードルに直面する。そこで本書では、そうした人たちのために、「定年後に待ち受けている現実」を明らかにしているというわけだ。

お金のことが一番心配。

曜日の感覚がなくなる。

生活リズムが乱れ始める。

図書館で小競り合い。

誰もが独りぼっち。

……目次の見出しを確認するだけでも、どことなく気が滅入ってくる。つまりそれだけ定年後の暮らしは大変だということで、著者もそこをしっかり伝えようとしているのである。

とはいえ、それはファクト(事実)を伝えようとしていることにほかならず、本書は決してネガティブな内容ではない。現実を直視したうえで、「第二の人生をどう充実させたらよいか」という本質的な部分へと話をつなげているのである。

たとえば著者の思いを明確に伝えているのは、第4章「『黄金の15年』を輝かせるために」に登場する以下の文章だ。

「黄金の15年」の備え、50代から助走を始めよう

若い時に目立って活躍する人も多い。それはそれで素晴らしいことだ。しかしながら、人は若い頃の成功を中高年以降まで持ち越すことはできない。(中略)若い時には注目されず、中高年になっても不遇な会社人生を送った人でも、定年後が輝けば過去の景色は一変する。やはり、終わりよければすべてよしだ。そういう意味では定年後、いわゆる人生の後半戦が勝負なのだ。(本書99ページより引用)

注目すべきは、定年後にスタートする60歳から74歳までの時間を、著者が「黄金の15年」と呼んで重視している点である。理想的なのは50代から助走を始めることで、以後はやりたかったことをやったり、勤め人時代に身につけた能力を活かすことのできることをすべきだと訴えているのだ。

会社組織で長く働いていると、人生で輝く期間は役割を背負ってバリバリ働く40代だと勘違いしがちである。しかしそれは社内での役職を到達点と見る考え方であり、本当の黄金の期間は60歳から74歳までの15年なのである。
60歳にもなれば生きるうえでの知恵も蓄積されている。この15年を活かさない手はないのだ。(本書111ページより引用)

そこで本書の後半で著者は、「社会とつながること」の重要性を説き、そのための具体的な方法を示し、「居場所を探す」ことの大切さへと話をつなげる。そして最終的に訴えかけるのは、「『死』から逆算してみる」ことの重要性だ。

とはいえ当然のことながら、それは後ろ向きな発想ではない。むしろ逆で、定年後は「いい顔」で過ごすことを目標にすべきだという考え方だ。そのためには、「死」から逆算して残りの時間に具体性を持たせることが大切だというわけである。

そんなせいもあり、重たくなりがちなテーマを扱っているにも関わらず、読後感がとてもよい。結果的に、「定年後」や「最後の15年」を前向きに捉えることができるのだ。

迫り来る定年後に漠然とした不安を抱えているのだとしたら、ぜひとも読んでみるべきだ。

【今回の定年本】
『定年後 – 50歳からの生き方、終わり方』
(楠木 新著、中公新書)

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文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。雑誌「ダ・ヴィンチ」の連載「七人のブックウォッチャー」にも参加。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)などがある。

 

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