「パリでサン=シモン主義に触れ、日本に資本主義を植え付けた超人です」
明治維新による日本の近代化の成功は“奇跡”だとよくいわれます。ではその奇跡をなしとげたのは誰か。それは渋沢栄一です。
彼がいなければ、日本は西洋列強の植民地になっていたかもしれない。それほど偉大な人物なのに、渋沢の人となりや業績はあまり知られていません。
私は1980年代からパリ万博やナポレオン三世のことを調べていました。ナポレオン三世はパリを大改造し、フランスに資本主義を植え付けた人物です。そのとき彼の周りに集まってきたのがサン=シモン主義者です。
サン=シモン主義とは、フランスの社会思想家サン=シモン(1760~1825)が唱えた経済理論です。それは資本的基盤のないところに株式市場をつくりカネを集め、新しい産業を起こし、鉄道・海運の流通網を拡充させるという理論です。ヒト・モノ・カネを動かし、産業を活性化させる。いまでは当たり前ですが、当時は画期的な理論だった。
さらに競争という概念を植え付けるために万博を開き、出展作に金・銀・銅のメダルを与えた。
ナポレオン三世はこのサン=シモン主義を実践し、わずか15年くらいでイギリスのGDP(国内総生産)を追い越し、近代的資本主義を確立させた。そのフランス大変革の時代に、渋沢栄一が幕臣としてパリにやって来たのです。
経済人は道徳的であるべし
渋沢栄一という人はかなり面白い人で、フランス行きが決まると横浜で洋服を作ったり、パリ到着後、しばらくして断髪している。好奇心旺盛で、偏見のない人です。
スエズ運河を通過したときのことですが、まだ工事中だったのを見て、一体どこの国がやっているのかと通訳にたずねた。すると「レセップスという人の私企業の仕事だ」と聞いて、天と地がひっくり返るくらいビックリする。
さらに詳しく話を聞いて、株式会社という制度があり、小さな資本をたくさん集めればこんな巨大事業ができることを知ります。
パリで一行の世話をしたのは銀行家のフリューリ=エラールと軍人のヴィレット大佐です。いわば商人と武士。そのふたりが互いを尊敬しあって、まったく対等に話をしている。渋沢はここでも、武士が威張りまくる日本との違いにビックリしてしまいます。
渋沢のフランス滞在中、一番影響を与えたのはフリューリ=エラールです。彼は渋沢に「寝かせておける金があれば、いますぐに鉄道債を買いなさい」と勧めている。
渋沢は短い期間に利益が出るのに驚いた。彼はパリ滞在中にその仕組みを一生懸命に研究し、社債や国債、公債、株式など、あらゆる経済システムを、次々に吸収するのです。
もちろん彼はフリューリ=エラールから学んだ金融システムがサン=シモン主義などとはまったく知らない。しかし彼が帰国後、日本で実行した近代化の取り組みにサン=シモン主義の影響があることは否定できません。日本にとって、渋沢という人物がサン=シモン主義を学んだことは非常に幸いでした。
彼は富を個人が独占することを強く否定しています。経済人は道徳的でなければならないと「道徳経済合一説」を唱えました。その背景には、5歳頃から愛読した『論語』の教えがあります。
彼の『論語と算盤』(※渋沢栄一の民間時代の訓話集。ちくま新書、角川ソフィア文庫ほか)の教えは、コロナ禍のいまこそ世界に広げるべきだと思います。 (談)
解説 鹿島 茂さん(フランス文学者・71歳)
昭和24年、横浜市生まれ。専門は19世紀のフランス文学で、蔵書家としても名高い。『渋沢栄一』(上下)、『馬車が買いたい!』(サントリー学芸賞)、『職業別パリ風俗』(読売文学賞)ほか著書多数
撮影/高橋昌嗣
※この記事は『サライ』本誌2021年2月号より転載しました。