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文/小坂眞吾(小学館プロデューサー・前『サライ』編集長)

東横落語会より、十代目金原亭馬生の高座。バカバカしいことは徹底してバカバカしく、ギャグ漫画のようにデフォルメしてみせた。
写真/横井洋司

本編だけで30分以上!異常な長さの『湯屋番』

10月1日から配信を始めた十代目金原亭馬生の記事も、これで5本目となります。でも、ネタはまだまだ尽きません。今回は東横落語会に残る馬生音源105席の中から、とびっきりバカバカしい一席『湯屋番』をご紹介。ある家の若旦那が家を出て居候となり、仕事もせずに二階でごろごろしている。仕方なく、寄宿先の主人が銭湯を紹介し、若旦那はそこに奉公することになりますが……。

六代目三遊亭圓生や五代目柳家小さんら、多くの演者が手がけたポピュラーな噺ですが、馬生の口演は今まで商品化されたことがありません。これを初めて聴いたときはビックリしました。何しろ、マクラを除いた本編だけでも30分以上。本来は寄席でも演じられる、比較的コンパクトな噺なので、まずこの長さが異常です。

バカバカしいことを、一所懸命に

この噺、前半が居候と主人の会話、後半が湯屋の番台に上がった若旦那の妄想、とはっきり場面が分かれています。ふつう、後半部分に重きが置かれ、前半はイントロダクションという位置づけが一般的ですが、馬生の場合、明らかに前半がメインディッシュ。居候と主人の会話にたっぷりと時間を使っています。

まずはその一節をお聴きください。

金原亭馬生 東横落語会音源『湯屋番』より、居候の金儲け

居候の若旦那が得々と語るのはなんと、鯉を手づかみにする方法。しかもそのくだらないことと言ったらありません。このあと、若旦那はさらに「ウグイスを手づかみにする方法」を念入りに披露し、奉公先の湯屋を訪ねるのは本編が始まってからようやく20分後。噺の中の主人だけでなく、落語を聴いてるこっちまで呆れるほかないバカバカしさですが、しかし、これこそが落語の王道でしょう。「バカバカしいことを、一所懸命にやるのがわたしたち落語家だよ」――弟子の五街道雲助師にかけた言葉です。馬生は『湯屋番』を演じるにあたって、そのことを強く意識していたに違いありません。

タレントではなく、あくまで落語家として

落語、とくに落とし噺では、立派な人物が出てくることはほとんどありません。主役はそそっかしくてがさつな八五郎・熊五郎。知ったかぶりをするご隠居。浮世離れした若旦那。お人好しの甚兵衛さん。ヒーローは与太郎。登場人物は総じて、立身出世なんて考えたこともなく、金はないけど必要以上に儲けたいとも思っていません。

こういう生き方、誰かに似てるなあと思ったら、金原亭馬生その人でした。「金欲しさで入ってくる奴はダメ。この世界で、間違って飯が食えればそれでいい」。惣領弟子の金原亭伯楽師は、入門してすぐにこう言われたそうです。伯楽師の入門は昭和36年。ラジオは全盛、テレビも普及しつつあり、『お笑いタッグマッチ』(フジテレビ)が高視聴率を稼ぐなど、落語家のタレント化が始まっていました。けれども馬生は、落語の仕事以外ではめったにテレビに出ませんでした。

自宅でくつろぐ馬生。ふだんから着物で通し、朝から酒を欠かさなかった。
写真/横井洋司

すべては落語の世界に生きるため

「目の前にどんなにおいしいものがあっても、手を出すのは止めよう。俺は落語で生活してゆくんだ」(『金原亭馬生集成』旺国社)。ギャラのいいテレビやラジオの仕事を断る理由を、のちに馬生はこう述べています。高座の芸を磨くためでしたが、私にはもうひとつ、暮らしが楽になって、落語世界の住人から心が離れてしまうのを恐れたんじゃないか、そういう理由もあったんじゃないかと感じています。

この人物は今朝何を食ったか、どんな格好や面構えをしているかと考えて、人物の心を一心に演ずる以外にない――芸談を嫌った馬生が、強いて言えばと前置きして語った言葉です。ふだんから着物で通し、舞踊をたしなみ、俳句、俳画、川柳を趣味としたのも、ひょっとすると落語世界の住人になりきるためだったのか。落語家として生きることは、馬生にとって、落語の世界に生きることだったのかもしれません。

CD20枚に50席、初出し46席。来春発売!過去最大の馬生CDブック

来年の3月、東横落語会に残る馬生音源105席から50席を厳選して収録したCDブックを、小学館から発売します。CD20枚は、馬生の音源集成として過去最大。五街道雲助師と、録音エンジニアの草柳俊一氏による音源選定で、爆笑の滑稽噺から墨絵のような人情噺まで、いずれもが一級品。細部まで工夫を凝らした上で、せりふは決め込まず、まっさらな気持ちで高座に上がる、緻密かつ自在な馬生の本領を堪能できます。このCDブックをきっかけに、「志ん生の長男」でも「志ん朝の兄」でもなく、馬生が馬生として正当に評価されることを願っています。

十代目金原亭馬生 東横落語会 CDブック』CD20枚(上・下巻)
愛蔵本104ページ、化粧箱入り。価格3万5000円+税 2021年3月15日発売

CDブックの詳細はこちらへ
■『十代目金原亭馬生 東横落語会 CDブック』(2021年3月15日発売予定)https://www.shogakukan.co.jp/pr/basho/

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