サライ.jp

文/小坂眞吾(小学館プロデューサー・前『サライ』編集長)

酒と落語の切っても切れない絆

このごろ都で見ないもの、夜店、興行、馬鹿騒ぎ、集会、宴会、酔っぱらい――かの有名な「二条河原の落書」の下手なもじりで恐縮ですが、街でも電車でも、最近はいわゆる“酔っぱらい”をあまり見かけなくなりました。高級官僚が接待されるような高級店に行けば、ドンペリ呑んだ高級酔っぱらいが見られるのかもしれませんが、残念ながらそういうお店にとんと縁がありません。こんなご時世になると、かつての酔っぱらいが、かえって懐かしくも思えてきます。

赤い顔して千鳥足、鼻歌まじりで上機嫌――そんな昔ながらの酔っぱらいの姿をそのままに保存しているのが、古典落語です。『うどん屋』『替り目』『二番煎じ』『居酒屋』『親子酒』『禁酒番屋』『らくだ』などなど、酔っぱらいのユーモラスな言動を主題にした落語は、枚挙にいとまがありません。建前を取り払った、人間の本当の姿を描くのが落語だとすれば、酔っぱらいは格好の素材なのでしょう。

コップ酒をあおった志ん生の酔っぱらい

しかし、酔っぱらいの描き方は、噺によっても落語家によってもかなり違います。だんだん酔っていくのか、しだいに醒めていくのか。酒乱の気配を感じさせるか、落ち着いているようで状況が把握できていない人物として描くか。その違いは、ストーリーの要請によるところがもちろん大きいのですが、落語家の酒とのつきあい方も影響しているように思います。

落語家と酒と言えば、まず思い浮かぶのは古今亭志ん生でしょう。志ん生はコップに注いだ酒を、一気に、不味そうにあおって呑んだそうです。そう聞くと、十八番にしていた『替り目』の亭主など、なるほどそんな呑み方でベロベロになったんだろうと想像してしまいます。言葉のはしばしに、わずかに酒乱の気を感じさせるのです。『富久』でも、志ん生は文楽と違って、久蔵が旦那の家で酒をあおるところを念入りに演じていました。久蔵は酒で旦那をしくじったわけですから、酒乱と言っていいと思いますが、その気配は文楽演より志ん生演に、より強く感じられます。

ほどよい酩酊を楽しむ馬生の酔っぱらい

酒呑みということでは、息子の十代目金原亭馬生も負けていません。でも呑み方は志ん生と対照的でした。朝起き抜けに水代わりのビール。それが菊正宗に替わり、寝るまでちびちび飲み続ける。それでいて、酔って乱れることはない。むしろ酔いが回るにつれて声が小さくなっていったと、これは弟子の五街道雲助師の証言です。酔って我を忘れるよりも、ふわふわとしたほどよい酩酊を愛したのでしょう。私も同じ呑み方なので、なんとなくわかる気がします。この原稿も、ほどよく酩酊しつつ書いております。

『長屋の花見』を演じる馬生。「酒のつもり」のお茶を湯呑みになみなみ注がれて怒る場面か。全編ノン・アルコールにもかかわらず、馬生の『長屋の花見』では、酒呑みの了見が豊かに表現されている。 写真・横井洋司

そんな馬生の個性がよく表れているのが『替り目』(昭和55年・東横落語会)。馬生演じる亭主が女房にかける言葉は、文字にすると志ん生とほぼ同じにもかかわらず、言い方にわずかに丸みがあり、志ん生ほど乱暴には聞こえません。そして何より、どこか女房に甘えている感じ、もたれかかって同意を求めている気分が伝わってきます。そして女房もまた、亭主に言いたい放題言わせておきながら、黙って優しく見守っている感じがするのです。これには、馬生自身が抱いていた妻への優しさと、酔っぱらいへの優しさ、双方が影響していると思います。

酔っぱらいがけっして否定されない世界

酔っぱらいへの優しさという点では、『うどん屋』(昭和55年・東横落語会)も特筆もの。同じ話を繰り返す酔っぱらいを、うどん屋はけっして邪険にしません。酔っぱらいがありったけの唐辛子をかけてうどんが真っ赤になっても、うどん屋は新しく作って取り替えようとします。もっとも、「それじゃ食べられませんよ」といううどん屋の好意は、「お前は食えねえものを出すのか?」という酔っぱらいの屁理屈で拒否され、「オレは食う」と見得を切った酔っぱらいは激辛うどんに悶絶することになるのですが。

そんなどうしようもない酔っぱらいを、馬生は愛情たっぷりに描いて、愛おしささえ感じます。どこまでも酔っぱらいに優しい、酔っぱらいが否定されない世界。酒とともに生きることを許される世界。それが馬生の理想だったのかもしれません。

コロナ禍や 酔っぱらいは遠く なりにけり

海外からの観光客が急増し、グローバル化が進んだ昨今、日本は酔っぱらいに甘い国だという声を聞くようになり、酔っぱらいへの視線は以前より厳しくなりました。さらにコロナ禍のもと、酔っぱらいは感染拡大を助長する危険な存在とさえ見なされるようになりました。けれども『古事記』の昔から、酒に酔うことは人間の性分として肯定されています。

もちろん、酔っぱらいだからと言って迷惑行為が許されるものでは断じてありません。けれども酔うことの豊かさ、それを許してきた日本社会の寛容さ自体は否定すべきものではないと思います。一日も早くコロナ禍が収束し、夜の街に千鳥足の酔っぱらいと、それを優しく迎える店主が戻って来ますように。でないと、落語の世界は成り立ちません。

馬生の20枚組CDブック、本日発売!

上記『替り目』『うどん屋』を含め、東横落語会の録音から50席を厳選して収録した『十代目金原亭馬生 東横落語会 CDブック』が本日、発売となりました。50席のうち、初出しが46席。そのうち演目自体が初商品化となるものが『湯屋番』『垂乳根』『江島屋』『夢の瀬川』など8席あります。馬生の音源集成としては過去最大となるこのCDブックで、馬生落語の真の魅力を発見していただければ幸いです。

『十代目金原亭馬生 東横落語会 CDブック』。酒の噺としては上記『替り目』『うどん屋』のほか『らくだ』『長屋の花見』『妾馬(八五郎出世)』を収録。

なお、本日ただいま書店店頭(ネット書店含む)に流通しているものは、すべて初回出荷ですので、もれなく特典盤CDが付いています。特典盤の内容はすでにサライ.jpで紹介させていただきましたが、特典盤でなければCD化しにくい「珍」音源2席。もちろん東横落語会からの初出しで、馬生とともに東横のレギュラーだった圓生、小さんが飛び入りする趣向もあります。今回のCDブック、いつもより多めに作ってはおりますが、志ん朝ファンや志ん生ファンの皆さまからも想定外の反響をいただいており、1か月もすると初回出荷分が売り切れてしまうかもしれません。はばかりながら、早めのご購入をオススメする次第です。

初回出荷分だけに同梱される特典盤CD。終盤の早桶屋の場面で圓生、小さんが登場して芝居仕立てになる『付き馬』と、出来は抜群なのに大きな言い間違いがある「ざんねん」な『二番煎じ』を収録。

CDブックの詳細はこちらへ
■『十代目金原亭馬生 東横落語会 CDブック』https://www.shogakukan.co.jp/pr/basho/

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