文/藤原邦康
食いしばり癖がある人は咀嚼筋にストレスがかかっている
前回解説したアイスクリーム頭痛がキーンと響く鋭い痛みであるのに対して、緊張型頭痛は重く圧迫されるような痛みです。原因の一つは、食いしばり癖がある人は普段から咀嚼筋にストレスがかかっているからです。特に閉口筋の一つで、側頭部を扇形に覆っている「側頭筋」が過緊張を起こすとこめかみを万力でグイグイと締め付けられるような痛みを生じます。もともとアゴは1日に2,000~3,000回ほど反復運動するといわれており、咀嚼筋には慢性の凝りや負担が蓄積していることが多いといえます。そんな状況で固いアイスバーなどの固い食べ物を普段より強い力で咀嚼しようとすると、側頭筋に力が加わって症状の引き金となり痛みを生じるわけです。
一方、アイスバーをかじって発症するアゴの痛みについては、緊張型頭痛と同様の原因で筋肉のこわばりが影響しています。緊張型頭痛が主に側頭筋の過緊張が由来なのに対して、このタイプのアゴの痛みは顔まわりの2種類の閉口筋の過緊張が引き金となります。2種類の閉口筋とは、ほっぺたを覆い頰骨とエラ(下顎角)をつなぐ「咬筋」および、口腔内で蝶形骨とエラをつなぐ「内側翼突筋」です。前者の咬筋は、一説によると、全身のうち最も圧力が強い筋肉だといわれています。俳優のトム・クルーズはグッと食いしばる演技することがありますが、頰の周辺にこの咬筋のスジが浮き出ます。パワーが出るのは足腰の筋肉なのですが、咬筋の場合は鋭い力が出るという特徴があります。後者の内側翼突筋は、口腔内で咬筋と並走し協同筋としてペアで咀嚼する際に働きます。これらの筋肉の過緊張が、歯ごたえがしっかりした食べ物を噛むときに、アゴの痛みの増悪因子となる可能性があります。
特に食いしばり癖や歯列接触癖(TCH)がある人は咀嚼筋が過緊張を起こしている傾向があります。負担の蓄積に加え、強く噛んだ際に閉口筋がさらに収縮することが引き金になってアゴのこわばりから口周りや頰などに痛みを引き起こすわけです。多くの場合、これらの悪癖は交感神経優位から起こる精神的な緊張やストレス過多によるものです。
不正咬合は、無意識に噛み応えを得ようとして余計に噛み続けてしまう
一方、ストレスフリーであるにも関わらず閉口筋の過緊張を生じるケースが稀にあります。その原因の一つが不正咬合によるものです。正常なかみ合わせであれば、十分に食塊を噛んだ後に「歯根膜(しこんまく)反射」という口を開く機能が働き、必要以上に噛みしめないようになっています。これは、口腔組織を自傷しないための本能的な仕組みです。ところが、上下の歯を接触させたときに一部の歯が当たらない「オープンバイト」(開咬)というタイプの不正咬合がある場合、いくら噛んでも歯の付け根の歯根膜に十分な圧力が加わらないないため、無意識に噛み応えを得ようとして余計に噛み続けてしまうことがあります。
実は、私もかつて顎関節症で頭や顔のこわばりが強かったのですが、今振り返ると、その原因の一つがどうやらこのオープンバイトにあったようです。私のケースでは、上下の奥歯を合わせても右側の一部で上下の歯が当たっていない状態でした。いくら強く噛んでも一部の歯茎に力がかからないため「まだまだ十分に噛めていないよ」という間違った指令が脳に送られ必要以上に強く食いしばり続けていたわけです。ちなみに、私自身はかみ合わせに違和感を覚えることはなく自覚症状はありませんでした。
当時(つまり人生の8割ほど)は、歯ごたえがある食べ物が好みでした。現在ブームになっている耳まで柔らかい高級食パンよりも焦げ目がついたバケットやずっしりしたドイツパン、とろけるような霜降り和牛ステーキよりも赤身肉、そしてソフトクリームよりもカチ割り氷やガ○ガリ君のようなアイスバー…という具合に、固い食べ物を好んで食していました。食後に頭が重くだるくなったり顔がこわばったりしていましたが、まさかその原因が不正咬合によるものだとは夢にも思いませんでした。
文/藤原邦康
1970年静岡県浜松市生まれ。カリフォルニア州立大学卒業。米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック。一般社団法人日本整顎協会 理事。カイロプラクティック・オフィス オレア成城 院長。顎関節症に苦しむアゴ難民の救済活動に尽力。噛み合わせと瞬発力の観点からJリーガーや五輪選手などプロアスリートのコンディショニングを行なっている。格闘家や芸能人のクライアントも多数。著書に『自分で治す!顎関節症』(洋泉社)がある。