取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆
料理学院2代目の健康は、もちろん“食”が基本。大きな器でたっぷりと飲む朝のカフェオレが、生涯現役の秘訣である。
【江上栄子さんの定番・朝めし自慢】
昭和30年、青山学院大学の学生だった深川(旧姓)栄子さんは、東京に開校したばかりの『江上料理学院』の門を敲いた。生来の食いしん坊が高じての入学だった。
江上料理学院といえば、熊本訛りの江上節と江上スマイルと呼ばれた独特の笑顔で、戦後復興期の日本を元気にした料理研究家、江上トミさんが開いた学校である。
「江上家とは遠縁関係にあり、東京の料理学校ならと、母に薦められたのがきっかけでした」
これが、その後の人生を決めた。授業の後、江上家の人たちと夕食を共にするうちに昭和33年、ひとり息子の種一さんと結婚。栄子さんは佐賀県有田焼の窯元『香蘭社』の五女で、料理研究家の息子と、その料理を盛る陶磁器メーカーの娘との結婚であった。
翌年、長女出産。だが同年、フランス・パリのコルドンブルー料理学校留学を決意する。
「4か月の娘を残しての留学でしたが、“子供の身になって考えてごらん。豊かな見識と経験をもつ母親と、子育てしか知らない母親と、子供はどちらが幸せか”という義母の言葉が、逡巡する私の背中を押してくれました」
コルドンブルー料理学校の最終課程を卒業し、その後、世界60か国の家庭料理を学ぶ。昭和55年、トミさんが80歳で亡くなると、その遺志を継ぎ、学院長に就任。
「最初から料理研究家を志したわけではないし、義母から後継者を強要されたこともない。ただ、人の健康は食が基本。そのお手伝いができる尊さを実感しています」
朝食、ふたつの定番
そういう江上さんの朝食には、ふたつの定番がある。ひとつは40年も愛用のフランス製“グランタース”(大きな碗)で飲むカフェオレ中心の献立だ。これには“ふわふわ炒り卵”と“大胆な季節の野菜”を欠かさない。
「カフェオレはグランタースに限ります。手に持ちやすく、冷めにくい。朝からたっぷり飲めるので、豊かな気分にもなれます。“大胆な季節の野菜”は江上トミ流。たとえば空豆なら莢ごと茹でてそのまま食卓へというように、野菜を丸ごといただく工夫です」
もうひとつの定番は、急ぐ朝に登場するガスパチョ(スペインの冷製スープ)だ。前夜に材料を調えておき、朝はミキサーにかけるだけ。それでいて栄養バランスは申し分ない。
創設者・江上トミの教えを継ぎ、今も週5日は教壇に立つ
江上さんは絵画、声楽と趣味も多彩。健康維持のためにヘルスクラブにも通いながら、今も週5日は講座を受け持っている。東京の学院開校から60余年。年齢、性別を問わず、延べ10万人以上もの卒業生を世に送り出してきた。
「創設者・江上トミの“ご家庭の幸せは愛情を込めた料理から”という考え方を受け継ぎ、一番大事にしているのが家庭料理です。といっても幅広く、中国料理、フレンチ&イタリアン、会席料理、もちろん男性クラスもあります」
なかでも「男性グルメ教室」や「会席料理」は学院長が主となって担当するクラスである(問:江上料理学院 電話:03・3269・0281)。
人生いい時ばかりとは限らない。だが、困難もにっこり笑ってドンと受け止めていけばいい。とびきりの笑顔と優しい語り口で、先代からの伝統を守る。
取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆
※この記事は『サライ』本誌2018年9月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。