取材・文/わたなべあや
人生、どうしても壁にぶち当たることがあります。離婚や介護、過労、債務など、誰しも大なり小なり悩みを抱えているものです。そして「うつ病」の大半は、こうした悩み事に端を発する「軽症うつ病」であることが多いのですが、今回は、その対処法をご紹介します。
お話は、獨協医科大学埼玉医療センター「こころの診療科」教授で、「薬に頼らない精神科」を主宰されている井原裕先生です。
うつ病は、抗うつ薬では治らない
眠れない、体がだるい、生きているのがつらい、うつ病かもしれない……そんな状況に陥ったら、あなたはどうしますか。
精神科や心療内科に行って、抗うつ薬を処方してもらいたいと思うかもしれません。確かに一時期、「うつ病はこころの風邪」、だから薬を飲んで治しましょうという時代がありました。
しかし、いまや、軽症うつ病に抗うつ薬の有効性は確認できていないと認めています。抗うつ薬とプラセボ(偽薬)を比較した試験で、薬の有効性を証明できなかったのです。
軽症うつ病は、「脳の病気」である以前に、「心の悩み」でもあります。薬を飲んでも「悩み事」が解決されるわけではありません。あなたの「悩み事」を治せる名医はいません。治せるのはあなた以外にはいないのです。
不眠を解消するための具体的方法
では、悩み事を解決するにはどうしたらいいのでしょうか。問題解決能力を高めるには、まず、うつ病の方が陥りがちな「不眠」状態を改善する必要があります。
人間は、夜間7時間眠って、日中17時間起きている(活動している)のが理想です。睡眠時間が7時間より長くても短くても、糖尿病、メタボリック症候群、死亡率、うつ病のリスクが上がると考えられています。昼寝をする場合は、30分位に留めましょう。
夜なかなか寝付けないと訴える方が多いのですが、夜にぐっすり眠るためには、まずは朝、きちんと「起きる」ことから始めましょう。日中、うつらうつらと眠っていては、夜、眠れないのは当然です。
さらに、しっかり運動することも大事です。運動は、日常生活の中で7千歩以上歩くことから始めましょう。そうすると、心地よい疲労感とともに眠りやすくなるのです。いきなり7千歩も歩くのはつらいという方は、ご自身で歩数を調整し、だんだん増やしていきましょう。
多量の飲酒や、眠るために酒を飲むのもやめましょう。酒を飲むと眠りは浅く、さらに、まだ眠らないといけない時間に覚醒してしまうからです。
高齢者の方は、あまりにも早い時間に就寝するのも問題です。19時や20時から床に着いていては、深夜に目が覚めてしまいます。22時くらいまでは、起きているようにしましょう。
目標設定を具体的に決めてみましょう
日中、しっかり起きて活動し、夜は眠って疲れを癒やそう。そうはいっても、いきなり生活のリズムを大幅に変えるというのは大変です。職業柄、夜、遅くまで起きている人もいるでしょう。では、何から始めたらいいのでしょうか。
できることから始めたらいいのです。目標は、できるだけ具体的に決めて、実行します。
「夜23時に寝て、朝は7時に起きる」「酒は、半分水で薄める、一日置きにする」「毎日7千歩歩く」など。そうして、生活習慣を改善し、ぐっすり眠れるようになると、抱えている問題にしっかり向き合うことができるようになります。混乱していた頭の中を整理し、物事を考える余裕が出てくるのです。
抗うつ薬を処方してもらうと気は済むかもしれません。しかし、原因になっている悩み事を解決しなければ、元の木阿弥です。まずは、生活習慣の乱れを改善し、問題解決能力を高め、軽症うつ病を治しましょう。
※この治療法は、軽症うつ病、もしくは、その予備軍の方に有効な方法です。中等度以上のうつ病の方は、必ず医師の指導を受けてください。
談/井原裕
1987年東北大学医学部卒業。1994年自治医科大学大学院修了、医学博士。ケンブリッジ大学留学後、国立療養所南花巻病院勤務。順天堂大学精神科准教授に就任後、獨協医科大学越谷病院こころの診療科教授。病院名の変更に伴い、現在、獨協医科大学埼玉医療センターこころの診療科教授。専門は、うつ病、プラダー・ウィリー症候群,司法精神医学、児童青年期精神医学、精神病理学、総合病院精神医学。臨床医としては3歳から100歳までの年齢層に対応。近年、稀少疾患プラダー・ウィリー症候群を120例ほど診察。著書は、「生活習慣病としてのうつ病」(弘文堂)、「精神鑑定の乱用」(金剛出版)、「思春期の精神科面接ライブ」(星和書店)、「うつ病から相模原事件まで―精神医学ダイアローグ―」(批評社)、「薬に頼らないこころの健康法」(産学社)など。
取材・文/わたなべあや
1964年、大阪生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。2015年からフリーランスライター。最新の医療情報からQOL(Quality of life)を高めるための予防医療情報まで幅広くお届けします。趣味と実益を兼ねて、お取り寄せ&手土産グルメも執筆。