文/鈴木拓也

「キレる高齢者」が激増している。法務省の「犯罪白書」によれば、65歳以上の高齢者による暴力沙汰・犯罪行為は大幅に増加し、20年前と比べて強盗は約8倍、傷害は約9倍、暴行にいたってはなんと50倍近くに増えているという。「歳をとると、人はまるくなる」という言い回しは、通用しなくなっているようだ。

保坂サイコオンコロジー・クリニックの保坂隆院長によれば、「キレる高齢者」増加の根っこにあるのは、ひとつには「メンタルの老化」だという。人間は年とともに肉体が老化するのと同じく、脳の前頭葉が委縮してメンタルも老化するという。それは40代から始まっていると、保坂院長は著書『結局、怒らない人が長生きする』(朝日新聞出版)で述べている。

本書では、「メンタルの老化」が「キレる高齢者」とどうつながるのかについて、次のように説明されている。

主なメンタルの変化は何でしょうか。それは、やる気のなさや意欲の衰え、感情レベルの低下、何事にも関心が薄れる一方で、イライラや怒りが強くなることです。
(本書34pより引用)

特に厄介なのが「怒りがなかなか収まらないこと」で、これが高齢化社会の進展とともに「キレる高齢者」が目立ち始めた素因だとしている。

そして、単にメンタル(脳)の老化だけでなく、「社会的な要素」も大きいと保坂院長は指摘する。

たとえば、定年後に社会や人との関わりが減ることで自己肯定感が薄れていきます。やがて、その不満や不安がたまって、ちょっとしたことでも怒りに転化してしまうのです。
(本書38pより引用)

現役時代は温厚でも、定年になったとたんに怒りっぽい性格になってしまう人が多いのは、ライフスタイルの劇的な変化がやはり大きいというわけだ。

では、こうしたメンタルの老化や社会的な要素という、年をとれば避けられないと思われる出来事に対処するすべはあるのだろうか?

保坂院長は本書で様々な処方箋を提示しているが、大別すると「考え方の切り替え」と呼ぶべきものと、「エクササイズ」的なものがある。どちらも今日からできる容易なもので、「考え方の切り替え」にあたるものを2つ、「エクササイズ」的なものを2つ紹介しよう。

1「昨日と他人は変えられない」と考える

「お酒を控えて」「散歩に出て減量したら」など、よかれと思って近しい人にアドバイスしても、その人の行動が変わることはまずない。それで「あなたのためを思って言ってあげてるのに、何よ!」と怒るはめになる。

保坂院長は、昨日を変えられないのと同じように「他人は変えられない」ものだという。一方で、未来と自分は変えられる。そこで、保坂院長がすすめるのは、自分を変えることだ。

「お酒を控えて」と言う代わりに、「私、お菓子の食べ過ぎだったから、これからちょっと控えるわ。友だちも砂糖を控えてからすごく体調がいいっていうし、頑張ってみるね」と言えば、変わるのは自分だけ。でも、身近な人にも必ず影響を与えているはずです。
(本書83pより引用)

自分が少し変わることで、相手の行動も変わり、未来が少し良くなってゆく。これなら、いちいち怒りを感じることもないわけだ。

2 取り越し苦労は時間の無駄

将来の年金や病気になる可能性など、まだ起きてはいないことでイライラし、怒りを募らせるのは、「時間の無駄以外の何物でもない」と保坂院長は諭す。

保坂院長が心配性の患者に対し、しばしば引き合いに出すのが、「心配性の人が抱いた不安の85%は実際には起きず、最終的には良い結果に終わった」という学術調査。仮に不安が現実になった場合でも、79%の人は自力で解決し、どうやっても解決できなかったのは3%にすぎないという。

それでも心配が消えない人には、「取り越し苦労」の対極にある「人事を尽くして天命を待つ」の精神を努めて持つようにするのが良いとも。

3 怒りを感情のコントロールには深い呼吸を

イライラしたときに速効性があるのが、「深い呼吸」だという。保坂院長の言う「深い呼吸」には、ヨガや禅のような難しい決まりはなく、「息を吐く時はできるだけゆっくりと、そして、完全に息を吐き切る」、「吸う時は鼻から、吐く時は口から」さえ守ればよいという。

これだけでもイライラがウソのようになくなり、怒りへと進むこともなくなるそうだ。簡単なので、試してみる価値はあるだろう。

4怒りの6秒間ルール

意外なことに、人間の怒りの感情のピークは6秒間しか続かないことが、生理学的に分かっている。怒りの激情に駆られても、すぐに前頭葉の働きで感情が抑制されるのだという。

そこで保坂院長がアドバイスするのが「怒りの6秒間ルール」。頭に血がのぼったときに、心の中で1、2、3、4、5、6と数えるだけ。あるいは、目の前にある飲み物に手を出して飲むといった、時間を稼ぐ行動でもよいという。

*  *  *

保坂院長は、なにも全ての怒りを消し去ることまでは求めていない。怒りの感情とうまくつきあいながらも、無駄な怒りを減らすのが大事だとし、それが長生きの秘訣でもあるという。本書で掲げる数々のメソッドを実践し、怒りよりも楽しみの多いシニアライフを送りたいものだ。

【今日の健康に良い1冊】
『結局、怒らない人が長生きする』
(保坂隆著、朝日新聞出版)

文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は散歩で、関西の神社仏閣を巡り歩いたり、南国の海辺をひたすら散策するなど、方々に出没している。

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