取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆
本格的に絵を描き始めたのは5年前。にもかかわらず、わずか2年で近代美術協会展入賞。さらに新日本美術協会展では特選受賞を果たすなど、今、注目を集める新進画家が山口香代子さんだ。
「いたずら描き程度の絵は描いていたのですが、それを見ていた夫のひと言からすべてが始まりました。“あなたの絵は誰にでも描けるものではない”と、キャンバスと絵の具を買ってきたのです」
生まれて初めての自分用のキャンバス。ワクワクした。乾いた砂が水を吸うように描き始めた。目が覚めるとキャンバスに向かい、夕方まで飽きることがなかった。
夫の敬太さん(72歳)は武者絵絵師。端午の節句に飾るのぼり旗の制作などを手掛けている。家事と育児の傍らそれを手伝っていたので、常に絵の具と絵筆は身近にあったが、専門的に絵を学んだことはない。だが、振り返ると、痛みを色で表現する子供だったという。
「お腹が痛い時に“橙色に痛い”とか“青色に痛い”とか説明する、ちょっと変わった子供でした」
そういう感覚が今につながるのかはわからないが、香代子さんの絵は明るく鮮やかな色調が特徴だ。
何も学ばなかったことが、かえって良かった。感性のまま自由に描ける。頭の中には描きたいテーマがあり、いざキャンバスに向かうと逡巡はない。100号(長辺162㎝)の作品なら3~4日で仕上げるという。
1日2食で、昼食は摂らない
60歳を過ぎて時間的余裕ができてから、夫のひと言で画家という道を歩み始めた。今も敬太さんが最大の応援者で理解者である。
「家事は一切しなくていいから、描きたい絵を思いっきり描いていればいい、と……。だから5年前から朝食を作るのも夫です」
結婚の唯一の条件が、「1日に1回は厨房に立たせろ」だったというほど、敬太さんは料理好きの料理上手。男手になる朝食は消化のいい白粥に、焼き魚が付く和風の献立で、粥と相性抜群の岩海苔と鯛味噌は常備品だ。
山口香代子さんの定番・朝めし自慢
「アトリエでキャンバスに向かうのは午前11時から午後5時頃までですが、絵を描いていると夢中になるので昼食は摂りません。だから朝食が私のエネルギー源です」
ふたり暮らしなので、朝食には前夜の残り物も登場する。それらが多めに作る“しもつかれ”や鹿沼蒟蒻の炒め煮など郷土の味だ。
何か始めるのに年齢は関係ない。
私は今が“旬”です
行動美術協会や国画会、モダンアート協会など5つの美術団体が推薦する“今、一番輝いている女性画家十人”。そのひとりに選ばれ、今年1月に東京・銀座で開催された『力強く、たおやかに、煌めく画家たち』の作品展に参加した。
「私の人生をこんなにも豊かにしてくれたのは夫。朝、起きると絵を描きたくてワクワクしている。やりたいことがあるのが、健康の秘訣。その点でも、夫に感謝です」
幼い頃から、同郷の敬太さんは頼りになる“お兄ちゃん”だった。いつしか音信は途絶えたが、18歳の時、進学先の東京から帰省した敬太さんと再会し、5年後に結婚。当時、フリーランスのグラフィック・デザイナーだった敬太さんの仕事を手伝いながら“ものづくり”という共通の目的のために励んできた。それから幾星霜──。
「私は今が“旬”、今が最も輝いている。何かを始めるのに年齢は関係ない。子育てが終わった50歳を過ぎたら自分のために生きたほうがいい、というのが実感です」
生涯現役、絵を描き続けることを心に誓う。
取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆
※この記事は『サライ』本誌2018年5月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。