取材・文/わたなべあや

脳卒中は、半身が麻痺したり、話すことができなくなったり、最悪の場合は死亡してしまうこともある恐ろしい病気です。

死亡の原因としては、平成27年度の調査では、ガン、心疾患、肺炎についで4番目の疾患です。しかし、脳卒中では命を落とすことが無くても運動機能や認知機能などに後遺症を残すことが多く、寝たきりや介護が必要になるもっとも多い疾患です。最近話題の健康寿命を長くするためには脳卒中を予防することが重要です。

脳卒中は血管が詰まって起こる脳梗塞(のうこうそく)と血管が破綻して発症する脳出血(のうしゅっけつ)があります。今回は進歩が著しい急性期脳梗塞の最新治療法と、これがあったら“救急車を呼ぶべき症状”FASTについて、脳梗塞がご専門の橋川一雄先生にお話を伺いました。いざというときに備えて、ぜひ知っておいてください。

■脳卒中に対する2つの治療法

脳梗塞は、血液などの塊が脳の血管に詰まり、脳の組織に血液が送られなくなる病気です。そのため、手足の麻痺や言葉が喋れなくなるといった症状が現れ、重症例では寝たきりになることや、死に至ることもあります。また、後遺症として麻痺や言語障害などが残ることが多く、その軽減のためには早期からのリハビリテーションが重要です。

近年脚光を浴びてきた2つの脳梗塞超急性期の治療法があります。ひとつは血栓を溶かす《t-PA》という薬を静脈から点滴する方法です。脳の中の血液の流れを再開させるために、《t-PA》という薬で血栓を溶かします。この薬は、米国では1996年から使われていましたが、日本では承認が遅れて2005年にこの薬が使えるようになり、当初は「夢の薬」のように言われました。

しかし、《t-PA》は、血栓を溶かすことを目的とする薬であり、その副作用として出血しやすくなるというデメリットがあります。このため、もともと脳出血の既往がある、大きな手術から時間が経っていない、など出血を起こしやすい人には使うことができません。また、脳梗塞発症から時間が経つと脳出血を合併する頻度が高くなるため、当初は症状出現から3時間以内の人にしか使えませんでした。その後の研究によって発症後4.5時間までの症例の有効性が証明され、日本でも2012年に4.5時間まで適応が拡大されました。しかし、その適応には出血の危険性のため多くの条件があり、実際に使用されるのは脳梗塞患者の1割に満たない状態です。

最近もうひとつの治療法『血管内治療による血栓回収術』が誕生しました。太ももの付け根のところからカテーテルという管を脳の血管に入れて、血栓を回収する方法です。しかし、2013年にハワイのホノルルで開催された学会では従来の方法と比較した複数の研究が発表されましたが、すべての研究で血管内治療の有効性が証明されませんでした。血管内治療に当たっている医師たちの落胆は大きく、“ホノルルショック”と名づけられたのです。

その後、脳梗塞治療に使う機器は目覚ましい発展を遂げ、2015年2月に米国テネシー州のナッシュビルで行われた学会では、《ステント式》というカテーテルによる治療を中心とする血管内治療が有効とする複数の研究が発表されました。この出来事は、研究者の間では“ナッシュビル・ホープ”と呼ばれています。この結果を受けて、現在では血管内治療が急性期脳梗塞の標準的治療として用いられるようになりました。

■脳卒中の治療が一刻を争う理由

いまの日本の医療では、脳梗塞が疑われる症状が現れた場合、最初にご説明した《t-PA》という薬を点滴する治療が試みられます。ただ、この薬は前述のとおり発症後4.5時間以内の方にしか使えず、出血しやすいため、使用するにはいろいろな条件に適応していなくてはなりません。

また、最近ではカテーテルという管を通して血栓を取り除く血管内治療も選択肢に加えることができます。しかし、この治療法も発症後原則として6時間以内に治療を開始する必要があります。つまり、2つの治療法があるものの、いずれも時間の制約があるため、脳梗塞の治療は常に一刻を争うのです。また、脳出血についても治療しないでおくとどんどん症状が悪くなることが多く、脳卒中はやはり時間との勝負の疾患なのです。

■おかしいと思ったら「FAST(ファスト)」を確認!

《t-PA》も《血管内治療》も時間の制約があるため、脳卒中の症状が現れたら一刻も早く治療を受ける必要があります。しかし、いまの日本では、意外とゆっくり病院に来る人が多いのです。

驚くべきことですが、症状が現れてから2日ほどしてから、はじめて診察を受ける人が結構いるということが分かっています。なかには、「おじいちゃん、なんだか様子がおかしいけど、今日は土曜日だから月曜に病院に行きましょう」という方もいらっしゃるのです。

脳卒中が疑われる人がいたら顔、腕およびことばの3つの症状の確認を行い、該当する症状があったら迷わず救急車を呼んでください。

【1】Face(フェイス)
顔の麻痺が起こると、顔の片側が下がったり、ゆがんだりします。うまく笑えなくなります。

【2】Arm(アーム)
腕の麻痺が起こると、片腕がだらりと下がったままになり、両腕を同じように上げることができません。

【3】Speech(スピーチ)
ろれつが回らない、思うように喋れないといった症状が現れます。

【4】Time(タイム)
「何時に発症したのか」という情報があると、治療をスムーズに行えます。慌てていても必ず時間を確認しましょう。また、一刻も早く治療を受けることも含んでいます。

これらの頭文字を並べて「FAST(ファスト)」と称します。

繰り返しますが、脳卒中の治療は一刻を争います。顔や腕が麻痺している、しゃべりにくい、ろれつが回らないといった症状が現れたら、まず発症時刻を確認して、迷わず救急車を呼びましょう。自家用車やタクシーを使っては、駐車場を探したり、病院の中を移動したりしている間に時間が刻々と過ぎていきます。

顔(Face)、腕(Arm)、喋る(Speech)そしてT(Time)で「FAST」です。この「FAST」という言葉を頭の片隅にでも置いておき、いざという時に慌てず、冷静に行動できるようにしましょう。

談/橋川一雄(はしかわ かずお)
国立病院機構大阪医療センター 脳卒中内科科長兼地域連携推進部長。昭和28年大阪生まれ。昭和51年に大阪大学工学部を卒業後、翌52年に大阪大学医学部に入学。昭和58年に大阪大学医学部を卒業後、同大学附属病院や市立柏原病院で初期研修を受け、昭和61年から大阪大学第一内科・放射線部にて脳卒中の臨床および脳血流SPECTを使った脳循環代謝の研究に従事。平成13年7月に京都大学大学院高次脳機能総合研究センターの助教授となり、福山秀直教授の下でSPECTやPETによる脳機能の研究を行った。ここでは主に認知症を対象としていた。平成18年に国立病院機構大阪南医療センターで脳卒中の臨床に復帰し、平成24年には脳卒中センター部長に就任。平成26年に国立病院機構大阪医療センターに移動となり、現職。元々脳卒中の脳循環代謝が専門領域であったが、最近では認知症にも範囲を広げて臨床に当たっている。

取材・文/わたなべあや
1964年10月生まれ、大阪府出身。大阪芸術大学文芸学科卒業。料理学校で講師をしていた母と医師の叔父に影響を受け、幼い頃より食べることと健康に高い関心を持つ。グルメ、医療関係を中心に執筆中。

 

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