文/鈴木拓也
あれほど暑かった夏が嘘のように朝晩厳しく冷えこむようになり、軽い風邪をひいてしまった。
こんなときは「おかゆ」が食べたくなる。
おかゆといえば、病人向けの粗食のイメージだが、実は「最高の薬膳の一つ」だと言うのは、川手鮎子さん。薬剤師で漢方薬局を45年間経営する中医学のエキスパートで、薬膳にもあかるい方だ。
川手さんによると、食卓でお馴染みのうるち米は、漢方薬の材料として使われることもあるという。例えば麦門冬湯(ばくもんどうとう)という漢方薬には、うるち米が配合されている。薬膳においては、気虚といって元気のない時に使われるそうだ。
そうした薬膳にまつわる実践的な話を盛り込んだのが、川手さんの著書『心も体ももっと、ととのう 薬膳の食卓365日』(自由国民社)だ。
実は誰でも手軽に作れる薬膳
約400ページにおよぶ本書は、12月下旬の冬至に始まって日々折々の薬膳のヒントが365日分イラスト付きで解説されている。
「薬膳は敷居が高い」と思われるかもしれないが、川手さんが提唱するのは「ゆるゆる薬膳」。いつもの食事をちょっとアレンジするだけのシンプルなやり方だ。
例えば、冒頭で取り上げたおかゆ。中医学発祥の中国には、おかゆは2千種類もあって具材も多種多様。ご当地では、いったん炊き上がったおかゆに食材を刻み入れ、再度煮立たせる調理法が多いという。
本書には、おかゆのレシピとして「生姜のおかゆ」と「干しエビのおかゆ」などが掲載されている。「生姜のおかゆ」の作り方を以下紹介しよう。
1.貝柱を2時間以上水につけて戻す
2.お米と戻し汁と鶏ガラスープを土鍋に入れておかゆを炊く
3.塩とごま油で味付けをして、長ねぎと千切り生姜をトッピングする
日本の伝統料理も薬膳になる
うるち米もそうだが、薬膳や漢方の視点では、スーパーで普通に買える食材の多くが、実は薬効がある。例えば冬至の日にカボチャを食べる古来の風習があるが、カボチャには「胃腸を整え、気を補う」効能があるという。
新年に供されるおせち料理も同様。
エビは魚介類の中で一番体を温める食材で、冷え性の方によく使われます。大きいエビは甘辛に煮たり、焼いたりして一尾入るだけで、がぜん豪華な見栄えのするおせちに。栗きんとんに色をつけるクチナシの実は山梔子(サンシシ)という生薬です。冷やす性質があり、のぼせやイライラをとる漢方薬に使われます。(本書より)
などと、おせちを彩るいずれの食材も、薬膳の一品として川手さんは評価する。
こうした伝統料理とは別に、寒い季節の家庭料理としてすすめられているのがカレーライス。カレー粉に含まれるさまざまなスパイスには、体を温める作用があるからだそう。
アンチエイジングに効く色の黒い食べ物
中医学には「五臓」という概念があり、肝、心、脾、肺、腎を指すが、これは解剖学的な意味での内臓を表すものではない。
例えば腎は、「成長や生殖を管理して全体の司令塔の役割」を果たす機能だと、川手さんは説明する。そしてこの腎が衰えると、白髪や更年期障害といった加齢に伴う変化として表面化するとも。
季節との関係でいえば、冬の寒さは腎にマイナスの影響を及ぼすため、補うことが必要だという。それに効果的なのは「黒い食べ物」。黒豆や黒きくらげなど、色の黒い食べ物は腎の衰えを抑え、アンチエイジングにつながるということで、大いにすすめられている。特に黒ごまは、次のように絶賛されている。
例えば、肝腎の衰えによるめまい、耳鳴り、足腰のだるさ、若白髪、目のかすみ、脱毛、便秘、肌荒れ……など効果がいっぱいの食材です。(本書より)
もう一つの重要な要素は味。塩からさを意味する鹹味(かんみ)のある食材を料理に取り入れることで、腎の元気は保たれるとする。これにあたる食材として川手さんが挙げるのは、「昆布、ノリ、ワカメ、イカ、カニ、エビ、シジミ、アサリ、牡蠣、アワビ」。ただし一部は、体を冷やす作用があり、冷え症であれば温かい味噌汁の具とするようアドバイスされている。
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古代中国の王朝には「食医」という医者がいて、食生活の面から王様の健康をサポートしていた。現代においては、各人が自分自身や家族の食医たるべきと川手さんは説くが、そのための手引きとして本書はとても役立つ。健康が気になる方に一読をすすめたい。
【今日の健康に良い1冊】
『心も体ももっと、ととのう 薬膳の食卓365日』
文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。