前回は、漢方独自の診断方法や、具体的に漢方が得意とする治療についてご紹介しました(詳しくはこちら)。今回は、漢方の治療において漢方薬と同様に重要である「養生」(生活習慣の改善)について、慶應義塾大学の渡辺賢治先生に具体例をお話いただきながら紹介します。
養生は漢方の基本
漢方医学の治療は、薬物療法(漢方薬を服用すること)のみではなく、「鍼灸」「養生」も含まれます。養生とは、日常生活を送る上での注意事項であり、主に食、運動、睡眠などに関することです。漢方薬の治療を始める前に、まずは養生で治すことを考えます。
漢方治療を行なう際にも養生は大切なのでしょうか?
「きちんとした生活を送っていないと、漢方薬を飲み続けても効かないということがよくあります。一生懸命血流を良くするよう漢方治療しているのに、タバコを何本も吸っていては、当然、漢方の効果も期待できなくなってしまいます。漢方治療を行なう上で、規則正しい生活をすることはとても重要なことなのです。昭和の漢方の大家である大塚敬節先生は『たばこをやめなければ診ない』と言ったそうです。
治療とは患者と医師との共同作業ですから、患者が好き勝手なことをやって後は医師まかせ、というのでは良くなるものも良くなりません。日々の生活習慣もひとつの治療と捉えることが、健康維持のための第一歩。養生あっての漢方治療ということになります」
身近に取り入れられる養生として、どのようなものがあるのでしょうか?
「近年増えている病気に、大腸がん、乳がんをはじめ食生活の変化がその一因と言われているものがあります。一般的に現代の食事は昭和初期に比べ脂肪分が多く、甘いものが増えています。生活習慣病や花粉症、アトピー性皮膚炎など、戦後に急増している現代的な病気には、近年の傾向である脂質や糖質の摂り過ぎが関わっていることは、ほぼ間違いないと言われています。
例えば、甘いものは化膿性疾患を悪化させる要因になりますが、アトピー性皮膚炎などにおいてもチョコレートを食べると症状が悪化する人がいます。一般的にアレルギー疾患の患者さんには油(脂)ものと甘いものの過剰摂取を控えるように指導しています」
まさに医食同源ですね。
「医食同源という言葉は聞き慣れた単語ですが、この言葉は日本で作られた新しい言葉で、もともとは『薬食同源』と呼んでいました。日々食べる物によって体は作られるので、食べ物次第で体調は良くもなるし、悪くもなります。普段の食事を見直し、過剰に摂り過ぎているものはないか、足りていないものはないかを見直してみることが大切です」
現代病と言われている冷え症や肩こりも、日々の養生が大きく関わってくる疾患なのでしょうか?
「現代人に多い悩みのひとつに、冷え症が挙げられます。漢方医学では、冷えはそれ自体が病気であるという考えから、冷え性ではなく『冷え症』と表現されます。また、冷えそのものが種々の疾患の悪化する要因になっていることもよくあります。腹痛、関節痛、頭痛などは冷えによって悪化することがありますが、その場合には冷えを取り除くことによってこれらの症状が緩和されます」
冷えを避けるためには具体的にどのようなことに気を付ければ良いのでしょうか?
「冷えを取るためには、着るものなど外から温めることに加え、食べ物、飲み物などで冷たいものを避けて、なるべく温かいものを摂るように心がけることが大切です。夏でも冷たいものを摂り過ぎると胃を損ねて夏バテ状態になるので、胃腸は温めることが何より大事になってきます。着るものも、お腹から下をしっかりと温め、上半身を薄着にするのがおすすめです」
肩こりも多くの人が悩まされている症状です。
「冷えのほかにも、肩こりでお悩みの人は多いのではないでしょうか? 肩こりに対しては葛根湯(かっこんとう)、二朮湯(にじゅつとう)、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)などの漢方薬を用いることはありますが、基本的には運動不足が原因です。特に情報化社会になり、長時間パソコンを見ていることで血流が悪くなり、結果、肩こりにつながっている人は増えています」
肩こりの解消のためには、どのようなことを心がけたら良いでしょうか?
「薬に頼る前に、まずはストレッチをしたり入浴などで体を温めたりすることで、ある程度は症状が改善されます。局所のマッサージでも、ある程度改善しますが、血流は全身を巡っているので全身運動も必要です。現代病の多くは、食事の不摂生と運動不足から来るものがほとんどで、定期的な全身運動が必要です」
このような生活習慣の改善努力を抜きにして薬に頼るだけでは、漢方薬の効果はなかなか期待できないということですね。
「さらに、漢方薬を賢く使うには医師任せにしないで自分自身でうまく活用することも大切です。体調の維持のためには、ひとつだけの解決法というものはありません。東洋医学や西洋医学を賢く使い分けながら、自分でできる養生を積極的に行なうことが重要です。まずは、この機会に普段の生活習慣を見直してみることから始めてみましょう」
■肩こり解消に役立つツボの紹介
肩井(けんせい)
肩井というツボは、第7頸椎と肩先を結んだ線上の中央にあります。肩こりや首こりやストレスの特効穴(とっこうけつ:特定の症状に効果のあるツボ)として知られています。肩井を素早く強めに揉む、もしくは息を吸う時に押し、吐く時に戻す。これを試してみましょう。
文/葉山茂一(はやま・しげかず)
漢方デスク株式会社代表取締役。漢方・薬膳の総合ポータルサイト「漢方デスク(https://www.kampodesk.com)」を企画・運営。
取材協力/渡辺賢治(わたなべ・けんじ)
慶應義塾大学環境情報学部教授医学部兼担教授。漢方デスクの漢方医学監修を務める。