文/印南敦史

認知症に関しては多少なりとも、「自覚があるうちはまだ大丈夫」といったような認識があるのではないだろうか? 多くの場合、完全に認知症に移行してしまった人には自分が病気だという自覚はないのだから、当然といえば当然の話かもしれない。

「ちょっとおかしいなあ」と感じたとしても、「まあ、自覚があるんだからまだ大丈夫だろう」と見過ごしてしまうわけである。

ところが認知症専門医である『認知症グレーゾーンからUターンした人がやっていること』(朝田 隆 著、アスコム)の著者によれば、その「ちょっとおかしい」という直感を大切にすることはとても大切らしい。

また、このことに関して見逃すべきでないポイントとして著者が強調しているのは、「軽度認知障害(MCI)」だ。聞きなれないことばだが、それは“認知症ではなく、かといって正常な脳だとはいい難い”状態なのだという。

MCIとは、日常生活に大きな支障はないものの、本人やご家族にとっては「最近ちょっとおかしいなあ」と感じるさまざまな警告サインを発する状態。
正常な脳と認知症の間に位置する、いうなれば“認知症グレーゾーン”です。(本書「はじめに」より)

つまり、日常生活のなかで感じる「ちょっとおかしい」という直感を見逃さないようにすることが、認知症に進む前にUターンして戻ってこられる最後のチャンスかもしれないということだ。

だとすれば、サインになるようなものを知りたいところだが、この点についてのキーワードは「めんどうくさい」であるようだ。

認知症では一般的に、「記憶の低下」ばかりが注目されますが、じつはその入り口は、意欲の低下です。記憶より先に“意欲”が落ちるということは意外と知られていません。そして、その最初のサインが、「めんどうくさい」。(本書50ページより)

もちろんそれは、認知症グレーゾーンについても同じ。したがって、「めんどうくさい」が始まった段階で発見して対応すれば、Uターンできる可能性が高まるわけだ。

たとえばどんなに社交的な人でも、歳をとって足腰が弱ってくると、外出する機会は減るものだ。それでも定期的に馴染みの店まで出かけたり、友人との会話を楽しむなど“日常”を楽しめているなら、それは単なる老化の範囲内。

しかし、もともと社交的だった人が他者とのコミュニケーションを「わずらわしい」と口にするようになったとしたら、それは認知症グレーゾーンのサインかもしれないのである。

ポイントは、「もともとはどうだったのか」という点です。「もともとは社交家だったのに、急に出不精になった」というような、もともとの性格から急に大きく行動が変わってしまうようなケースは、危険サインと考えてよいでしょう。(本書55ページより)

また、いささか意外ではあるが、定年後、筆まめだった人が急に「来年から年賀状を出すのをやめる」といい出すのも、認知症グレーゾーンによる「めんどうくさい」の表れなのだという。

以前は必ず「〇〇さんお元気ですか。また一杯やりましょう」といった一言を添えていたのに、それがめんどうで年賀状をなかなか書かないか、書くのに手間取る。
「なぜ年賀状を書かないの?」と尋ねると、「終活の一環として、年賀状をやめることにした」といった、もっともらしい言い訳をしがちです。
しかし、たいていの場合は、単に「めんどうくさい」というのがホンネなのです。(本書56ページより)

たしかに年賀状をやめることを終活の一環と主張する人は少なくないが、いちがいにそうとも断言できないようなのだ。

早いもので、もうあと少しで年末の声が聞こえてくる。つまり、年賀状の準備をしなければならない時期である。そこで、「今年出す年賀状についてのモチベーション」を、「ちょっとおかしい」についてのひとつの基準にしてみてはいかがだろう?

もちろん本人には自覚しづらい(自覚したくない)部分もあるだろうから、家族の視線も重要な役割を果たしてくれるに違いない。

いずれにしても、認知症のみならず、認知症グレーゾーンもまた、避けられないものではあるのだ。そこで、(上記の年賀状の話のような)単なる老化現象と“認知症の見分け方”や、Uターンするための対処法を、具体的な事例を挙げながら解説した本書をぜひとも活用したいところだ。

難しく考える必要はありません。「これならできそう」「楽しそう」と思うものから試してみてください。それがUターンの第一歩です。
もちろん、まだグレーゾーンにまでは至らない方や、40代、50代の方にとっても、いつまでも若々しい脳を保つことにつながります。(本書「はじめに」より)

基本的に認知症グレーゾーンは“一歩手前”の段階なのだから、楽な気持ちでいろいろ試してみて、ゆるやかにUターンを目指せばいいのである。


『認知症グレーゾーンからUターンした人がやっていること』
朝田 隆 著
アスコム
1540円

文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( ‎PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。

 

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