今年101年目を迎えた酒蔵社長。超多忙な日々だが、朝食は自ら作る。生まれ育った魚沼の味が、体力と気力の源だ。

【南雲二郎さんの定番・朝めし自慢】

前列中央から時計回りに、ご飯、山家漬(下画像参照)、やたら漬け(身欠きにしん・大根・胡瓜・人参・金糸瓜・水菜 )、銀鮭の塩麹漬け、味噌汁(油揚げ・大根・長葱)。米は、70歳で定年退職した杜氏(製造部長)の南雲重光さんが作る新潟・南魚沼産のコシヒカリ。やたら漬けとは、魚や野菜を麹で漬け込んだ魚沼の定番漬物のこと。銀鮭の塩麹漬けは、『千年こうじや』(電話:0800・800・4181)で入手できる。味噌汁の味噌は、蔵で仕込む自家製。残った山家漬は、晩酌の酒肴ともなる。
文人たちに愛された越後の粕漬け
「山家漬(金糸瓜・越瓜・胡瓜・茄子・蕨の詰め合わせ)」小(紙箱)350g1944円。今成漬物店/新潟県南魚沼市六日町1848 電話:025・772・2015
「朝6時から8時の間に起床。朝食は9時頃です」と、自宅2階のダイニングで朝食をとる南雲二郎さん。写真右手には八海山が望め、眼下には宇田沢川の流れが見える。
趣味のゴルフは年間30回程度。今春、兵庫の廣野ゴルフ倶楽部で友人と一緒に(右端が南雲さん)。兵庫県は20代の頃、最高の酒米・山田錦を求めて通った懐かしい場所である。

霊峰・八海山の伏流水“雷電様の清水”を仕込み水に、厳選された酒米と蔵人たちの卓越した技術によって醸される「八海山」。この日本酒を手がける『八海醸造』は大正11年、雪深き新潟・魚沼の地に誕生した。創業者は、南雲浩一。現社長の祖父である。浩一亡き後は、子息の和雄にその経営が受け継がれた。昭和28 年のことだ。

昭和16年、品評会で特撰賞を受賞した時の蔵での記念写真。創業から20年の時を経ていた。前列右から4番目が、創業者の南雲浩一。村の名士だったが、昭和28年没。後は和雄が引き継いだ。

「祖父が立ち上げた小さな酒蔵を父・和雄が育て上げ、現在の『八海醸造』の礎が築かれたのです」

と、3代目社長の南雲二郎さんが語る。淡麗と評される「八海山」の味を作ったのは、和雄社長を支えた杜氏の高浜春男である。

50年前に建てられた本社蔵は今も健在。鉄筋蔵の最初だったという。甘い香りが漂う仕込み室で、醪(もろみ)の仕上がり具合を見る製造部副部長の棚村靖さん。1か月ほどかけて発酵した醪を搾ると、原酒と酒粕になる。

酒蔵と一体となった実家で育ったという3代目は東京農業大学、新潟県醸造試験場を経て、昭和58年に『八海醸造』に入社。以来営業ひと筋に進み、平成9年に社長就任。歴史を守りつつ今、その眼が捉えているのは世界市場である。

さて昨今、純米酒や吟醸酒がもてはやされる風潮にあるが、「私どもが目指すのは、食中酒として料理の味を引き立て、そこに集う人たちのコミュニケーションを円滑にするお酒。それには最初は口当たりのいい純米酒、食中は料理の邪魔をしない本醸造酒という流れで考えています」 

『八海醸造』では大吟醸造りを基本とし、その最高の技術を本醸造にも応用する。それが同社の神髄である。

創業101年目を迎えた八海醸造本社前で、社員と一緒に(左端が南雲さん)。挑み続ける100年企業として、日本酒事業の海外での展開の他、次の100年に向けた様々な取り組みが始まっている。

料理好きで、魚沼の味を継承

南雲社長は多忙だ。自宅のある新潟・魚沼、グループのウイスキー蒸溜所のある北海道・ニセコ、さらに東京と、1か月のうち3か所を巡る。にもかかわらず、料理好きで、朝食は自分で調える。

「ニセコや東京では前夜に飲むことが多いので、体が汁物を欲しがる。だから、うどんなどが多い。出汁は東京・築地の『つきぢ尾粂』の無塩基本出汁を常備しています。魚沼では母の味が懐かしくて、和食献立に野菜料理などです」

母である南雲仁は地元の野菜などで得意先をもてなし、営業の隠れた力となった人。また、蔵人からは“おっかさま”と慕われ、蔵人の食事も担当。“同じ釜の飯を食べる”という仁の精神が、現在の「八海山みんなの社員食堂」に受け継がれている。

「魚沼の里」にある「八海山みんなの社員食堂」(正面の建物)。魚沼の里は、魚沼の暮ら
しと文化を体感してほしいとの思いから生まれ、食堂は昼に限り社員以外も利用可。
八海山みんなの社員食堂の八海定食「豚ロース焼きあまさけ生姜だれ」(1200円)。メニューは四季で変わり、小鉢もついてボリューム満点だ。営業時間:11時~15時。定休日:無休(元日のみ休)。新潟県南魚沼市長森334-2 電話:0800・800・3865

米と麴と発酵をテーマに“終わらない会社”を目指す

35℃ほどに保温された麹室に蒸し米を広げ、種麹の胞子をふりかける。これが繁殖し、麹ができる。麹は米のデンプンをブドウ糖に分解し、酵母がブドウ糖をアルコール発酵させて、日本酒が生まれる。

新潟県には創業200年、300年といった老舗の酒蔵が点在する。それらに比べれば、『八海醸造』の歴史は浅い。

「だからこそ、常に挑戦者の気持ちです。日本酒だけに頼っていたのでは、将来、会社は終わってしまうかもしれない。だから、長年の日本酒造りで培った米と麹と発酵の技術を生かして、新しい製品にも取り組んでいます」

平成10年の地ビールを皮切りに本格米焼酎や甘酒の製造、また基礎化粧品などの開発・販売に着手。一昨年には北海道ニセコ町でウイスキーやジンを造るグループ会社、ニセコ蒸溜所もオープンした。

なかでも、顕著な実績を上げているのが「麹だけでつくったあまさけ」である。この甘酒には同社の麹づくりの技術が生かされている。60%まで米を削った高精白米で造った麹が、雑味のない上品な味わいを醸し出しているのだ。

左から発泡酒「麹ベルジャンホワイト」「麹だけでつくったあまさけ」、基礎化粧品「reint(れいんと)」。いずれにも日本酒製造の麹や発酵の技術が生かされている。

「この麹甘酒は肌の保湿効果や便通改善効果が認められ、今夏、機能性表示食品になりました」

目指すは米と麹と発酵、そして水をテーマに“永遠に終わらない会社”である。

日本酒だけでなく、ビールや米焼酎、甘酒、化粧品まで開発商品は多い。「長年の日本酒造りで培ってきた“米と麹と発酵”の技術を海外にも輸出したい」と南雲社長。

※この記事は『サライ』本誌2023年10月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。 ( 取材・文/出井邦子 撮影/馬場 隆 )

 

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