医史学の第一人者は鰻(うなぎ)が大好物。普段の朝食はあるもので済ます主義だが、ここぞという日に登場する鰻重が元気の源だ。

【酒井シヅさんの定番・朝めし自慢】

前列左から時計回りに、鰻重 (下画像参照)、季節の果物( 西瓜 )、吸い物(豆腐・葱・若布)。鰻重には食す直前に粉山椒をふる。吸い物は熱湯を注ぐだけで美味しい、インスタントを常備している。
長めの“蒸し”で、ふっくらと柔らかく仕上げる
「蒲焼き」持ち帰り1人前3996円、「鰻重」同4320円。コース料理もあり6050円~1万1000円。島田屋/埼玉県新座市野火止5-7-24 電話:048・477・2050
果物が大好きで、季節のもの3~4種類を欠かさない。写真はキウイフルーツ、オレンジ、イチゴだが、一等好きな柿が出回る秋が待ち遠しい。歯は丈夫で、1本の義歯もない。
お酒も嗜む程度にいただくが、どちらかというと甘党。読書や書き物の合間にはチョコレート菓子をつまむことが多い。また、友人らが持ってきてくれるお饅頭などにも目がない。
午前6時起床。6時30分から近所の公園でのラジオ体操に参加し、その後、ひと眠り。普段の朝食は9時頃だ。「鰻重をいただくブランチは11時半頃。鰻を食べると元気になる」と酒井シヅさん。就寝は午前0時頃。

“医史学”という言葉をご存知だろうか。“医学史”ではない。“医史学”である。

「医史学とは、医と人との歴史を研究する学問。過去の文献資料を基に、医に関わるあらゆる事柄を、人間の生活との関わりでとらえる学問のことです」

と、医史学者で順天堂大学名誉教授の酒井シヅさんが説明する。

昭和10年、静岡県に生まれ三重県で育った。三重県立大学(現・三重大学)医学部に入学し、医者を目指すも、卒業後は東京大学大学院で解剖学を学ぶ。

「人間の体についてもう一度、基礎からきちんと学びたいと思ったからです。解剖学では“脳の細胞”を専攻していたのですが、脳の中はミクロの世界。どんどん小さいところへ入り込んで、周りが見えなくなった。そんな時に研究室の小川鼎三先生から“医学の歴史は面白いよ”と勧められたんです」

三重県立大学医学部卒業後、上京。東京大学大学院で解剖学を学んでいた頃。解剖学者の養老孟司さんとも机を並べた。ここで小川鼎三博士と出会い、医史学の道に進むことに。

脳の世界と違って、歴史は知れば知るほどフィールドが広がり、過去を知ることで現在・未来が見える。当初は数年で解剖学に戻るつもりが、その魅力にとり憑かれて小川鼎三博士が初代教授となった順天堂大学医学部の医史学研究室に助手として入る。昭和42年のことである。以来、この道ひと筋に歩み続けてきた。

順天堂大学医学部医史学研究室勤務の頃。医史学研究室の初代教授の小川鼎三博士に導かれるように、この研究室の門を敲いた。平成3年4月、2代目教授に就任する。

師亡き後は医史学の第一人者としてNHK大河ドラマ『花神』『獅子の時代』『八重の桜』、漫画『JIN─仁─』及びそのドラマ化作品、映画『るろうに剣心』などの医学考証・監修と幅広く活躍中だ。

三重県立大医学部の同窓会で。40人のクラスで女性は4人だけだった。右端の酒井さんの左が元厚生労働大臣の坂口力さん。「サカグチとサカイで名簿が近かったので、仲良くしてもらいました」と酒井さん。

鰻が大好物

医史学者は87歳になる今も多忙だ。自らの研究に加え、趣味も多彩。月1回の俳句の会、同2回の料理教室、ペタンク(フランス発祥の球技)にも興じる。

「料理教室は食べるのが専門だけれど(笑)、料理を作るのは決して嫌いではありません」

平成12年に母を亡くし、今はひとり暮らし。朝食はご飯と味噌汁に昨晩のおかずの残りと合理的だが、やや元気が足りないと思った日は、大好物の鰻重と決めている。

「度々訪れてくれる甥が持ち帰ってくれる贔屓の店の鰻重が一番のご馳走。この日は朝昼兼用です」

医史学者の生涯現役の秘訣は、ブランチの鰻重が支えている。

「私が一日の大半を過ごすのがここよ。読み物をしたり書き物をしたりしていると、あっという間に夜の12時くらいになるわね」と自宅の書斎で。最近、俳句を作り始め、パソコンは俳句の整理をするのに便利だという。

医師や看護師らの卵に、倫理の精神を説くのも私の使命

順天堂大学医学部教授や同医療看護学部教授、日本医学教育歴史館館長を歴任しながら、ここ20年以上、“本草学の会”や“古文書を読む会”などを主宰してきた。場所は大学の医史学研究室、参加者は医学生はもとより一般人も大歓迎。学びたい志があれば、老若男女を受け入れてきた。それがコロナ禍で、この3年余り中断。

「今は毎日が日曜日よ」

と笑うが、医史学者にはまだやらねばならないことが山積みだ。

「医史学を地球に喩えると、日本列島の九州ぐらいの範囲しかまだ分かっていない。テーマは無限にあり、学ばなければならないことがいっぱいです」

コロナ禍後、大学の研究室に代わって自宅で開いている“古文書を読む会”。8年来のメンバー、神内國榮さん(左)と。「来る者拒まずで、勉強したい人は大歓迎」と酒井さん。

医療が職業として成立した時点から現代まで、その底流に一貫して流れる倫理観を極めることも、医史学という学問の任務だ。科学の重要性とともにその危うさ、人の健康があっての科学だと、若い医師や看護師に説いていきたい。

医史学研究室は、日本の医科大学では順天堂大学にしかない。その語り部として、医療と倫理の精神を学生らに引き継いでいくのが使命と、覚悟する。

禅の修行寺、平林寺(埼玉県)境内を散策する。「平林寺に近かったから今の住まいに決めたのよ」というように、お気に入りの場所だ。同寺は東京ドーム9個分の広さで、武蔵野の趣を残す。境内林は昭和43年、国天然記念物に指定。
著書多数。『新装版解体新書』(右)は杉田玄白と前野良沢らによる日本初の西洋医学翻訳書『解体新書』の全現代語訳版で、文化史的価値も。『病が語る日本史』(左)は人間が避けられない病を通して日本史を見つめ直した一冊。

※この記事は『サライ』本誌2023年7月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。 ( 取材・文/出井邦子 撮影/馬場 隆 )

 

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