炭ひと筋に55年。炭問屋会長の朝食に欠かせぬのが紅茶。紅茶だけでなく、嗜好飲料は人任せにできない“茶道楽”だ。
【増田幹雄さんの定番・朝めし自慢】
昭和30年代まで、木炭はどこの家庭にも欠かせない熱源だった。
「子どもの頃、親父と一緒に暖をとるための炭を宮内庁に納めに行ったのを覚えています」
というのは、『増田屋』会長の増田幹雄さんである。
『増田屋』は燃料問屋として、昭和10年に幹雄さんの父である増田進さんが創業した。けれど、戦後のエネルギー革命により炭の需要が低下。時代の趨勢に合わせ、ガスや石油燃料の取り扱いも始めた。
「ただ、決して炭を諦めることはありませんでした。特に昭和40年代から手がけている茶の湯炭の取り扱い量は業界一。裏千家を始め各流派に納めております」
といいつつも、増田さんの顔は少々浮かない。高価なことを理由に、最近は茶の湯炭を模した電熱器を使う茶道教室もあるからだ。
電気、ガス、灯油が炭や薪にとって代わった頃から、日本の山は荒れ始めた。それは炭材を産する里山とて同様だ。
「里山では炭を焼くために繰り返し伐採し、その切り株から“ひこばえ”(※切り株など樹木の根元から生えてくる枝)が生えて再び炭材として使うことができた。ところが、安価な外国産の木材が入ってきて、間伐をしなくなった。炭焼きは森を育てつつ、それを利用する循環システムなんですけどね」
再生した森は二酸化炭素を吸収し、地球温暖化抑制にも貢献する。少々高価でも国産木炭を使ってほしい。炭問屋会長の切なる願いだ。
ステーキは備長炭で焼く
平成22年、65 歳を機に社長職を長男に譲った。時間的に余裕ができたことから、以前からの“茶道楽”に拍車がかかった。
「朝の紅茶はもちろんですが、コーヒーや日本茶も必ず自分で淹れる。特に、今、楽しんでいるのが玉露で客人をもてなすことです」
玉露を美味く淹れるのはむずかしい。茶葉の量と湯の温度、蒸らし時間がコツだという。
料理も嫌いではない。肉を焼くのは増田さんの担当だ。とりわけ、備長炭で焼いたステーキは絶品。備長炭は火が付きにくいが火持ちがよく、温度の調整がしやすい。また、備長炭を始めとする炭火はガス火に比べて遠赤外線量が多く、熱が中まで通りやすい。これが素材の旨味を引き出す所以である。
「炭ギャラリー」を開設し、新しい炭文化を発信する
燃料のみならず、炭にはさまざまな効用がある。浄化、調湿、遠赤外線、脱臭効果などである。これは木炭の縦横に走る、無数の孔に秘密があるという。
「木を炭化すると細胞壁が残って無数の孔を作り、炭の内部表面積を大きくします。約1gの木炭の表面積は300平方メートル以上、畳200畳分にも相当する。この多孔質な吸着性がホルムアルデヒドなどの有害物質を吸着分解することから、さまざまな炭の利用法が生み出されています」
という増田さんは、新しい炭文化を発信するために、30年ほど前に敷地内に「炭ギャラリー」を開設した。床下には調湿用備長炭、壁と天井には備長炭シートを入れ、一般家庭に炭を入れる具体例を示している。また、脱臭、湿気対策にはインテリアの一部として、炭を取り入れる和モダンな空間も提案。それらに加えて、炭歯ブラシや消臭ボディタオルなど、炭を使った生活雑貨を見るのも一興だ。
天然素材である木炭は、人と地球環境に優しく、使い方は千変万化。まだまだ木炭には無限の可能性が秘められている。
※この記事は『サライ』本誌2022年8月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。 ( 取材・文/出井邦子 撮影/馬場 隆 )