取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆
定年後の人生の過ごし方は、人それぞれである。趣味やボランティア活動に生き甲斐を求める人もあれば、まだまだ働きたいという人もいる。後者なら、再雇用や転職、起業という選択肢がある。
「小遣い程度を稼げればいいのなら、起業はさほどむずかしくない」
と語るのは、経済コラムニストの大江英樹さんである。自身も大手証券会社を定年退職し、半年間の再雇用を経て独立した。
「再雇用、転職、起業の順に無難だと思われがちですが、私が考えるのはその逆。再雇用先で意に沿わない仕事をするよりも、好きなことで稼ぐほうがいい」
かくして「オフィス・リベルタス」を立ち上げた。リベルタスとはラテン語で自由の意。クロアチアを旅した時に城壁にあった“どんなに黄金を積まれても決して自由を売り渡してはならない”から取ったという。企業理念は明快。“サラリーマンが退職した後に、真の自由を得て幸せな生活を送れるように支援する”というものだ。
そのためにこの4年間で18冊の著書を出版し、講演やセミナーで北は北海道から南は沖縄まで東奔西走する。それを可能にしたのが趣味の人脈だった。
「利害関係のない私的な集まりに積極的に顔を出し、自分の得意、不得意分野を理解してくれる人を増やしておくことです」
定年以降、料理が趣味に
手仕事のつもりが、現役時代より多忙な毎日。だが、定年になってから料理を始めたという。
「“男子、厨房に入る”をお勧めしたい。料理をすることは脳の活性化におおいに役立ちます。材料の検討から始まり、段取りや手順など料理を作っている間は脳細胞は活発に働いている。老化防止におおいに効用があるのです」
得意料理は朝食にも登場する茶粥や牡蠣の時雨煮、鶏もも肉を大量のすりおろし生生姜で煮込むジンジャースープなど。なかでも和歌山や奈良で“おかいさん”と呼ぶ茶粥は、小学4年まで一緒に暮らした紀州出身の祖母の味。大阪の自宅裏手に漬物屋があり、茶粥の友にそれを買いに行くのが大江少年の“おつかい”だったという。
夫妻が揃う休日の朝食は、妻の加代さん担当の洋風献立。食いしん坊で料理好きという加代さんは“野菜ソムリエ”の資格を持ち、野菜を美味しく食べるセミナーなども開いている。
少し無理する健康づくりで仕事に趣味にと定年後を楽しむ
料理以外にも音楽、旅行と趣味は広い。音楽は聴くだけでなく、退職の1年前からジャズのアルトサックスを習い始めた。
「ただ鑑賞するだけでなく、自分でやるのが好きなんです。海外に旅する時も少しでも現地の言葉で話したいので、3か月ぐらい前からその国の言葉を勉強します」
“京都検定一級”の資格も持っている。これは40代前半の証券マン時代、京都に単身赴任したのがきっかけだ。ひとりで路地を歩き回るうちに京都という町に惹かれ、独学で勉強を始めたのが、京都検定一級につながったという。今も月1回は京都を訪れるという京都通。意外と知らない京都を紹介したいと、『大人のための京都講座』を開催している。
公私ともに多忙だが、“少し無理する健康づくり”を実践する。
「そのひとつが駅でエレベーターやエスカレーターを一切使わないこと。これが結構しんどい。少し無理しないと続きません。ふたつ目がスクワットと風呂上がりのストレッチ。この程度の“少しの無理”で、コレステロールや中性脂肪値が大きく改善しました」
独自の健康法で仕事も趣味も充実。定年男子の鑑である。
※この記事は『サライ』本誌2018年6月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです(取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆)。