文/鈴木拓也
「生涯現役」をまさに体現している、フリージャーナリストの田原総一朗さん、86歳。
会社員として17年勤めた後、今の職業に転身して43年。60年間も働いてきた田原さんが上梓した本は、その名も『90歳まで働く――超長生き時代の理想の働き方とは?』。
当初は絵空事めいて聞こえた「人生100年」が、多くの人にとってリアルとなりそうな今、田原さんは、どんなアドバイスを本書で投げかけているのだろうか?
長く現役を続けるための「4つの資産」
意外にも、田原さんは、もともと定年まで会社勤めを続けるつもりであったという。
フリーランスの生き方が市民権を得たのは、つい最近のこと。田原さんが、42歳でテレビ東京を辞めた頃は、フリーランスなんてとんでもない―「40代で会社を飛び出したりすれば、残りの人生は苦労をすると考えるのが普通」という時代であった。
実際、田原さんは、退社からしばらくは、将来への不安で眠れない日々であったという。
一方、会社で定年まで勤めあげれば、その時点で仕事人生は終わっていたであろう、とも。90歳近くまで現役を続けてこられたのは、1日でも長く仕事を継続したいという気持ちがあったからと述懐する。
さらに、「好奇心」「教養」「人脈」「目標」という、「4つの資産」を培ってきたのも大きな要因だっという。
例えば「好奇心」。疑問を疑問のままで終わらせず、自分より若い人から情報を得るなど、未知のことを知りたいという欲求を持ち、それを解き明かそうという姿勢が、数十年もジャーナリストを続けるエネルギーになっているとする。これは、なにもジャーナリストでなくとも、「現役サラリーマンにとって大事な資産」だと力説。還暦後も現役を続投したいなら、「4つの資産」を使い切らず、生涯にわたり伸ばし、活かしていくのが大切と説いている。
どん底から浮き上がるのに必要なもの
ずっと現役で力投するつもりなら、人生を左右するような岐路に出合うこともある。そこで、浮くか沈むか、その分かれ道はどこにあるのだろうか?
田原さんは、「私見」と前置きしつつ、節目にあたって人生が暗転してしまうのは、「損得」というモノサシが働いたためだと見る。つまり、人生の長期的ビジョンに目をつむり、目先の儲かりそうな話に乗ってしまう。あるいは、上司に忖度したほうが得と考え、言いなりになってしまう。しかし、そのせいで望まない結果を生んでしまう。
1980年代後半のバブル時代を謳歌した、一部の2代目、3代目社長は、その典型例だという。
社内の出世競争を勝ち抜いてきたサラリーマン社長は、「自分がやりたい仕事」や「おもしろい仕事」には情熱を注ぐことなく、創業者が築いた歴史にキズをつけないように「失敗しないビジネス」ばかり手掛けるようになります。(本書186pより)
今起きている第三次産業革命に日本企業が「完敗」した理由もそこにあると、田原さんは指摘する。個人のレベルでも、仕事は損得勘定で選ぶのではなく、「自分が本当にやりたいことなのか」という心の声に従うべきだとも。
そうであっても長い人生、コロナ禍といった不可抗力によって沈むこともある。そこから浮き上がるために絶対必要なのが、「自分以外の人たちの協力」―田原さんは、そう断言する。功成り名遂げた著名人へのインタビューでも、「自分の力だけで這い上がった」と答えた人は1人もいなかったそうで、快く協力を得るために必要なのは「信頼」。人から信頼される生き方を送ってこそ、浮き沈みに翻弄されず、長く幸せな職業人生をまっとうできる前提条件だという。
自分の力だけで健康管理しない
田原さんは、十二指腸潰瘍でこれまで3回におよぶ入退院を体験している。60歳頃には医師にガンを疑われる症状に見舞われ、スポーツ紙に「激ヤセ 田原総一朗はガン?」と書き立てられたこともある。
以来、医師に定期的に健康状態をチェックしてもらうよう心がけているが、セルフケアも欠かさない。
その1つが、階段の上り下り。自宅であるマンションの5階と地上の行き来は、エレベーターは使わず階段を使うという。くわえて、朝食後に20分の散歩。これは、足腰を衰えさせないための日課。
さらに、かかりつけ医の指導で行っている3つの健康法がある。
まずは、毎朝大さじ1杯のオリーブオイルを飲むこと。油分の補給は、古くなった機械に油を注すようなものだと聞きました。最近は亜麻仁油も飲んでいます。
次は、かかと上げ。壁に手をついた状態で、かかとを上げて、つま先立ちになる運動です。これを毎朝、散歩に出掛ける前に30回やる。
そして最後は、ぬるい湯で入浴すること。湯温は39度前後。シャワーではなく、必ず湯船につかります。(本書233pより)
田原さんは、こうした健康法をしたからといって、即効性は期待していない。より大事な考え方は、「健康維持を自分の力だけでやろうと思わない」ことだと諭している。医療の専門家はもちろん、常に身を案じてくれる家族の忠告にも耳を貸すそうで、亜麻仁油は娘さんのアドバイスにしたがって始めている。
他方、普段の食事については「好きなものしか食べたくない」という流儀を貫く。健康にいいからと、嫌いなものも食べていたら「かえってストレスでまいってしまう」からという明快な理由だ。とはいえ、ジャンクフードばかり食べる毎日というわけでなく、一汁二菜にごはんといった、割とシンプルな食事を心がける。そして規則正しく食べるというやり方が、体調を保つ秘訣だと考えているという。
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田原さんは、生涯現役のコツを明かす一方で、老いは誰にでも訪れることだと述べている。老いに逆らうのでなく、かといって流されてしまうのでもなく、「昨日できたことを今日もやる」気持ちが、前向きに老いを受け入れる賢い姿勢だとしている。
このように、肩肘張らない86歳の現役仕事人から学べることは大きい。本書を読むことで、シニアになっても前向きに生きる、大きな気づきを得られるはずだ。
【今日の健康に良い1冊】
文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)で配信している。