文/鈴木拓也
定年後の暮らしが、ふと気になる50代。
しかし、高校・大学に通う子どもの教育費や自宅の住宅ローンとは当面縁は切れず、お金の面では、先々のことは想像しにくい年頃でもある。
ただ、「投資信託でもしてみようか」と漠然と思っているようでは、ちょっとあぶない。この年代では、これからの資産運用で定年後の生活費を賄うには、期間が足りないからだ。
冷静に考えると焦るばかりだが、秘策はある。それは、「あるお金で暮らせるよう、生活を小さく(ダウンサイジング)する」という方針。これが、老後破綻を防ぐ“最強の切り札”と唱えるのは、社会保険労務士でファイナンシャルプランナーの井戸美枝さん。著書『「このままじゃ老後の資金が足りない!!」と不安になったら読む「お金」徹底見直し術』は、定年後が気になり始めた人の生活資金対策にうってつけの1冊。さて、そのダウンサイジングとは、何をどうするのか?
定年後の収支に合わせてダウンサイジングする
人生の後半戦にかかる生活費は、一定ではない。定年後は、子どもは独立し、住宅ローンも完済するから、かなりラクになると思ったら大間違い。
勤め先が役職定年制なら、50代半ばで管理職手当や賞与がカットされる。定年して再雇用の道を進んでも、年収は大きく落ちて200万~300万円台になるのが通例。井戸さんは、「実際に銀行に振り込まれる金額を見て、『こんなに少ないの!?』と驚く人も少なくありません」と記す。
一方、出費を見ると、例えば古びてきた自宅のリフォーム代が意外とかかる。「200万円規模のリフォームを生涯にわたって3回くらい行うケースが多い」という。医療費は言うに及ばす、子どもの結婚や孫の誕生など、お金が出ていく機会は実は多い。
それゆえ、井戸さんは「定年後の実際の生活費を具体的にイメージ」することの重要性を訴える。つまり、定年後の収入(就労や年金)はどれぐらいになるか、出ていくお金はいくらになるか。それを比較して、赤字になる分だけダウンサイジングをすることになる。
この資金繰りシミュレーションを、頭の中でやるのは難しい。本書では、ダウンサイジングの目標額の算出を、順序立てて導けるようガイドされている。また、今の時点で年金レベルの収入でしばらく暮らすという、年金生活の疑似体験もすすめられている。
加入している保険は徹底的に見直しを
ダウンサイジングとは、出ていくお金を減らすことだが、何から手をつけるべきか?
効果が高いものの1つが保険料だと、井戸さんは述べる。
保険といってもいろいろあるが、見直しのトップに挙げられているのが「死亡保障」。統計的に見れば、50代前半の死亡保障額は平均3000万円。そのために払い込んでいる保険料は年額50万円近くになるという。子育てが一段落していて、これは本当に必要か?
もし、まだ何千万円もの死亡保障に加入しているのであれば、個人年金保険などの貯金目的を除き、「300万円」ほどにダウンサイジングしましょう。この300万円は何かといいますと、自分が亡くなったあとの必要経費です。葬式や遺品の整理、残された家族が再スタートを切るまでに必要な経費として、このくらいあればまず安心です。(本書85pより)
300万円の死亡保障を10年の定期保険で契約すると、保険料は月額2000円程度で済む。浮いた額はキャッシュで手元にとっておくよう、井戸さんは力説する。
では、自分事である医療関連の保険はどうか?
これについても、井戸さんは手厳しい。
例えば、持病があっても加入できる緩和型タイプの医療保険。保険料が総じて割高で、保険金が払われる範囲が狭い点を指摘する。特に既往歴に関連する病気には払われないのは、大きなネックだ。がん保険については、「手術や入院、通院治療をしても、高額療養費制度が使える」ので、貯蓄だけで十分だとも。
リフォームや住み替えは慎重に
保険とならんで、ダウンサイジングの大きな目玉として井戸さんが取り上げるが、「住居費」だ。
まず、ローンがあるなら、「できるだけ繰り上げ返済をして、なるべく定年前に完済できるよう」努める。これは主に総利息額を減らすため。
そして、リフォームは「慎重に」。退職金をもらったら、気持ちが大きくなってあちこちを修繕したくなりそうだが、それは禁物だという。
いま、フルリフォームしても、80代でまた手入れする必要が出てきます。そこまでは貴重な予算をとっておかなくてはならないので、今回は上限額を決めて、優先順位の高いものだけにしぼってください。(本書114pより)
バリアフリー化については、介護が必要になってから行う。これは、介護保険が使えるからで、それだと「上限20万円までのリフォーム工事は自己負担2万円」で済む。
そして、住み替えの可能性。子どもが巣立っていったのを機に、郊外の一戸建てを手放し、中心街のマンションでコンパクトに暮らすケースが多い。交通の便がいいので、年間維持費が数十万円かかるマイカーがなくても済むというのもある。
これについて井戸さんは、マンション購入後に「どのくらいキャッシュを残せるか」よく確認するよう忠告する。井戸さんも、一時は住み替えを検討したが、しないと決めた。手元にキャッシュを残すほうを選んだわけだが、今はよかったと思っているそうだ。
新型コロナウイルスの影響で、私も予定していた講演がすべてキャンセルになるという、はじめての経験をしました。まさに「想定外」の出来事で、生活がひっくり返ってしまいました。もし、あのとき住み替えていたら、手元のキャッシュはだいぶ減っていたので、不安でたまらなかっただろうと思います。(本書117pより)
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本書でダウンサイジングがすすめられているのは、保険や住居のような生涯にかなりの額を投じるモノにとどまらない。それは、スマホや光熱費、クレジットカードの年会費から食費にまで及ぶ。大がかりなダウンサイジングは60代でも可能だが、やればその効果が一番大きいのは50代だという。まだ働き盛りのうちに、将来を見据えて対策は打っておいて方がよさそうだ。
【今日の定年後の暮らしに役立つ1冊】
文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)で配信している。