文/印南敦史
私は今年で83歳になる。いまも現役のビジネスマンとして、週に5日、都内の会社まで電車で通勤している。
年齢でいえば、立派な後期高齢者。周囲の人は「週休3日にしてはどうですか」と気づかってくれるが、一日の仕事を終え、深い達成感に満たされながら晩酌することが、なによりの日々の楽しみなのだ。そうして「90歳まで働く」ことを目標に仕事してきた。(本書「はじめに/定年後うまくいく人、いかない人はどこが違うのか?」より引用)
『定年前後の「やってはいけない」』(郡山史郎 著、青春新書インテリジェンス)の著者は、本書の冒頭でこう記している。なお刊行は2018年なので、現在は85歳ということになる。
伊藤忠商事、ソニー、米シンガー社などにおいて、数々の実績を残してきた人物。とはいえ「定年後」に働く場所を見つけるのは容易ではなかったようで、自分を雇ってくれる会社を見つけたのは67歳のときだったそうだ。
定年後の道筋について悩む人に、年齢を重ねても可能性が残されていることを実感させてくれるような話である。いずれにしてもその経験を軸として、2004年に株式会社CEAFOMを設立したという。
同社は人材紹介会社であるため、定年後に仕事を探す人たちとも数多く接してきた。当然、訪れる人のタイプもさまざまであるようだ。
すぐに新しい仕事が見つかる人もいれば、なかなか再就職の口にありつけない人もいる。再就職活動の結果が、人によってはっきりと分かれるということである。では、定年後に仕事が見つかる人と見つからない人とでは、どんな違いがあるのだろうか。
私が見たところ、定年を迎えた時点で自分の職業人生を一度リセットし、改めてキャリアの再スタートを切れる人は比較的早く再就職の口が見つかる傾向が強い。逆にいえば、いつまでも定年前の地位や収入、仕事の内容にこだわってしまう人は仕事探しに苦労する。(本書29ページより引用)
たしかに、現役時代に華々しいキャリアを積み上げてきた人であればあるほど、地位や収入を落としたくないと強く感じてしまうものかもしれない。しかし現実問題として、それが不可能な話であることは誰の目にも明らかだ。
そのため“割り切り”が大切なのだろう。定年を迎えたら、もう一度新入社員になったつもりになるくらいがちょうどいい。そして待遇にあまりこだわらず、なんにでもチャレンジしてみるべきなのである。
そのことに関しては、新入社員の初任給が20万円程度だと考えれば納得がいくはずだと著者は記している。
当然の話であるが、新入社員の給与には彼らが学生時代に得た経験や知識などはまったく加味されない。同じように、定年退職者にはそれまでの役職や知識・経験は給与にプラスされないと心得るべきだということだ。
大切なのは、「私は“第三新卒”なのだから、ゼロから挑戦する」くらいの気持ちで新しい勤め先を探すこと。それこそが、定年後の職探しにおける適切な態度と考えたほうがいいのだ。
また、定年退職から何年間かキャリアのブランクが生じてしまった場合、再就職はさらに難しいものになる。したがって定年後の仕事探しは「お金」から入るのではなく、どのような条件を提示されたとしても「とにかく働く」という気持ちでまず受け入れてみることが肝要だという。
お金や役職にしがみついているから可能性を狭めてしまうのであって、もっと根源的な、「働く」というスタートラインに立ち返ってみるべきだという考え方だ。
まだ自分が誰かの役に立てることに喜びを見出し、社会とのつながりを維持していく。そんな姿勢で働き続けていれば、努力次第で自分の能力やスキルを活かせるチャンスを広げていくことも可能である。(本書67ページより引用)
定年退職後の就職なのだから、正社員の身分になるのは難しいかもしれない。なにしろ、若者でさえ非正規から正社員へと登用されることが困難な時代なのだから。
見つかるのは、週に1日とか2日程度の勤務で、拘束時間も1~2時間というような細切れの仕事ばかりかもしれない。だが定年後は、どんな仕事であろうとも積極的に拾っていく気持ちがなければ、なかなか活躍の場は広がっていかないということだ。
なお、「やる気がある」「態度や物腰が柔らかく、社会人として適切なコミュニケーションがとれる」「依頼された業務をきちんとこなし、まわりと協調しながら仕事に取り組める」「身だしなみがきちんとしている。服装や髪型に清潔感がある」などの基本的な事柄以外に、定年後の人材に企業が期待している特有の案件があるそうだ。
それが「安い」「やめない」「休まない」という“3つのY”だ(本書83ページより引用)
どれも当たり前のことではあるが、当たり前のことを当たり前にできることこそが、なによりも大切なのだろう。そういう意味で定年退職の時期は、人としての“基本”に立ち戻る、ちょうどいいタイミングであるとも言えそうだ。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。