信州の中でも、別格ともいえる蕎麦処が、戸隠だ。戸隠は、江戸時代から、信州の中でも特に秀でた地域として評価されていた。
戸隠には、現在も、かなり昔に近い蕎麦が残されている。まったく同じとは、残念ながら言えないが、昔の蕎麦の面影を偲ぶことはできるだろう。
なぜ、戸隠は、昔の蕎麦に近いのか。
ひとつは、昔ながらの蕎麦打ちの技法が、今でも大切に受け継がれているという点にある。それは、「一本棒、丸延し」という打ち方だ。太くて長い麺棒を、一本だけ使って蕎麦を打つのである。
水回しをして捏ねた生地を、延して広げる工程では、大きく、丸く延す。麺棒に巻き付けた生地を、トントン、パタン、トントン、パタンと、小気味良い音を立てて、台に打ち付けて延す。これが、戸隠流「一本棒、丸延し」の打ち方である。
「一本棒、丸延し」の打ち方は、かつては日本全国、ほとんどの地域で行われていた蕎麦打ちの技法だった。
現在、盛んに行われている、麺棒を三本使う打ち方は、「江戸打ち」などと呼ばれ、江戸から明治時代にかけて、関東で工夫された技法だと考えられている。
これは、蕎麦打ちをするために、広い場所を取りにくい都市部の蕎麦屋さんが、狭いスペースで効率よく、たくさんの蕎麦を打つために工夫された技法だ。
その関東でさえ、かつては「一本棒、丸延し」の打ち方が主流だった。つまり、昔の蕎麦の味は、「一本棒、丸延し」の打ち方で生み出されていたものなのである。